【東日本大震災のため開催中止】第9回研究会 民俗学は政治をとらえうるのか?

【東日本大震災のため開催中止】第9回研究会 民俗学は政治をとらえうるのか?(連続企画・政治と民俗学1)

日時:2011年3月19日(土)13:00~
場所:東京大学東洋文化研究所3階大会議室
表題:民俗学は政治をとらえうるのか?(連続企画・政治と民俗学1)
発表者:
 船戸修一(法政大学サステイナビリティ研究教育機構・リサーチ・アドミニストレータ)
    「都市における農業用水の維持管理の現状とそのローカル・ガバナンス形成への課題 ―東京都日野市の「豊田堀之内用水組合」の事例から―」
 柏木亨介
(聖学院大学・非常勤講師) 「来るべき社会の構築とアイデンティティ ―2010年台湾五大都市選挙を通して―」
コメンテーター:
 宮崎文彦(千葉大学国際教育センター特任研究員)

■コーディネーター:門田岳久(日本学術振興会・特別研究員)、室井康成(東京大学東洋文化研究所・特任研究員)
■主催/共催:現代民俗学会、東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」研究会

趣旨

 民俗学の、いわゆる「耐用年数超過説」が提起されてから、早や15年が経過しました。曰く「調査すべき“民俗”など、すでに日本から消滅した」、曰く「社会の民俗学に対する需要は絶えて久しい」等々。しかしながら、この学問に対するそうした悲観的言説が説得力をもつ一方、マスメディアや、あるいはそれと「共同正犯」的な言辞を繰り出してきた一部の研究者の活動によって、近年の民俗学は逆に奇妙な存在感を発揮してきたと言えるでしょう。だからといって、民俗学が光彩を放つ余地は今後もいや増すであろう、と考えるのは早計です。なぜなら、巷間で描かれ、もしくは「あって欲しいもの」として希求される「民俗」とは、限りなく静的な歴史的存在であり、あるいは外部からの批判を許さない審美的な「ありがたいもの」としてのそれだからであり、いわゆる「眼前の疑問」にどう答えるかという、斯学の草創期の研究者たちが抱いたリアリズムが、そこには全くと言っていいほど欠落しているからです。
 ひと口に「眼前の事実」と言っても、一様ではありませんが、貧困・自殺・格差社会・国際紛争など、今日でもニュースとして流れ、世相として具現する「眼前の事実」は、すなわち草創期の民俗学においては研究対象でした。それらは概して「政治」により結果した事象であるとも言え、その意味においては、当初の民俗学研究は、同時に政治研究であったとも言えなくもありません。「耐用年数超過説」の論者が説くように、とりわけ民俗学のアカデミズム化の過程で何らかの「後退」があったのだとすれば、それは「政治」と向き合う努力、もしくは視点を忘却したからなのではないでしょうか。
 もっとも、上述した民俗学草創期の初志と通底する問題意識をもった研究が、現在ではまったく行われていないというわけではありません。近年の世界遺産・文化財行政をめぐる政治の動きや、それと関わる社会思想を解析しようという取り組みや、いわゆる「公共民俗学」の構築を模索しようという知的潮流がそれです。しかし、もっとラディカルに政治を知ろうとすれば、私たちの思考・判断を現実政治に反映させ得るほとんど唯一の機会である選挙や、小集団内における人々の合意形成のプロセスを腑分けする必要があるでしょう。
 そこで今回の研究会では、長年、農村社会学の立場から住民運動や協同組合のあり方を研究してこられ、また日本の近代農政の思想史的背景にも詳しい舩戸修一氏と、民俗学の立場から人々の合意形成の契機・過程について強い関心を持ちつつ研究を進めてこられた柏木亨介氏のお二人を迎えて、民俗学における政治研究の可能性について、議論を行いたいと思います。そして、それらの研究が、現行の政治研究についてどのような貢献が出来るのか、政治学(公共哲学)がご専門の宮崎文彦氏からコメントを頂きます。
  なお今回の研究会は、現代民俗学会2011年度年次大会(2011年5月)のプレシンポジウムとして開催されます。(文責:室井康成)

舩戸修一(法政大学サステイナビリティ研究教育機構・リサーチ・アドミニストレータ)
 「都市における農業用水の維持管理の現状とそのローカル・ガバナンス形成への課題 ―東京都日野市の「豊田堀之内用水組合」の事例から―」

【要旨】
 昨今、地域資源をいかしたまちづくりが模索されている。その際、その管理をめぐる住民・ 行政の協働やローカル・ ガバナンスが求められる。そこで本報告では、東京都日野市の農業用水の維持管理に注目する。日野市には中世から近世にかけて開削された農業用水が張り巡らされていたが、都市化によって農業用水は埋め立てられていった。一方、日野市は「清流条例」や全国で唯一の「水路清流課」を設けるなど用水をいかしたまちづくりを展開してきた。また用水組合員だけでなく市民も参加する用水の維持管理を図ってきた。こうした経緯を踏まえ、本報告では日野市内における主な用水路として「豊田用水」をとりあげ、その用水の利用や維持管理にかかわる多様なアクター、具体的には用水組合員(農家や元農家)、援農ボランティアや用水守などの市民(非農家)、行政などの聞き取り調査から協働をめぐるアクター間の一致点や“ズレ”を明らかにし、都市近郊における地域資源管理をめぐる現状や課題を指摘する。

柏木亨介(聖学院大学・非常勤講師)
 「来るべき社会の構築とアイデンティティ ―2010年台湾五大都市選挙を通して―」

【要旨】
 東アジアに目を向けると、経済交流こそ活発であれ、人びとは国民国家によって分断され、その政治体制や民族構成など、互いに異なる社会に身を置いて生活していることがわかる。この状況を認識することは、おもに自国の事例で論を組み立ててきた日本の民俗学が、今後国際化を目指すうえでの必須のプロセスである。
 台湾は、その歴史的経緯から本省人、外省人、原住民という民族帰属意識や、政党(国民党・民進党)の鋭い政治的主張の対立がみられる点において、日本とは状況が大きく異なっている。当地の民俗の表象の仕方も、理想とする社会像も、こうした状況のもとに生きる人びとのアイデンティティと無縁ではない。以上の点について、昨年の台湾五大都市選挙での調査成果から検討したい。