第10回研究会 「オーラリティ」の実践と方法的課題
第10回研究会 「オーラリティ」の実践と方法的課題 ―「聞き書き」をめぐる民俗学と歴史学の対話から―
日時:2011年7月23日(土)13:00~18:00
場所:成城大学 8号館832教室
表題:「オーラリティ」の実践と方法的課題 ―「聞き書き」をめぐる民俗学と歴史学の対話から―」(連続企画「民俗学におけるオーラリティの位相(1)
発表者:
大門正克(横浜国立大学 経済学部・教授)「人に話を聞くということは、どういうことなのだろうか ―歴史学における現場から―」
野口憲一 (日本大学大学院文学研究科・博士後期課程)「彼女たちと私の農産物直売所」
コメンテーター:
中野紀和(大東文化大学 経営学部・教授)
■コーディネーター:小熊誠(神奈川大学)、中野泰(筑波大学)
趣旨
民俗学は、「オーラリティ(口述性)」の理論と方法をどのように検討することができるのであろうか。
21世紀を迎え、「オーラリティ」の検討が盛んになっている。複数の大学では公的助成金に基づく大型プロジェクト(共同研究)が、学会では、歴史学、社会学、文化人類学、民俗学、教育学などの個別学問領域を横断的につなぐ日本オーラル・ヒストリー学会(2003年)が創立され、「オーラリティ」へ対する学際的考察は幅と厚みを広げている。
民俗学も口述資料を蓄積し、研究へ活用してきた。1980年代以降、聞き書きが営まれる「場」を俎上にあげ、パラダイム転換を促す問題意識が生まれ、近年は、都市民俗学や民間信仰・宗教研究などでライフヒストリーや語り/物語(ナラティブ)アプローチを採用したり、口承文芸研究において〈口承〉研究への転身を図ったりする試みが行われている。語りの内容に加え、いかに語るかという語りのあり方やその場自体が検討の対象となりつつある。社会学、人類学など隣接科学の方法や理論の影響を受け、とりわけ、社会構成主義的な関心が増すことで、既存の研究枠組みの転換を図る意欲的試みが進行中と言える。
ところが、残念なことに、日本民俗学会においては、「オーラリティ」を共通テーマとする年次大会や分科会を開いたことがない。聞き書きという手法を採用してきた民俗学にとって、「オーラリティ」の問題性は、個別ジャンルの調査分析に必要な限定的課題ではなく、学全体に通じるものであるにもかかわらず、現在の研究状況は、個別分野の局面に止まっているのである。「オーラリティ」の問題性を正面から検討する機は熟しており、民俗学は学会全体の課題として総合的に検討することが求められている。
研究会の問題意識は、次の大枠にまとめることができる。「オーラリティ」とは何か、「オーラリティ」の方法的性格はいかに整理できるのか、調査者・被調査者の非対称性はどのように取り結ばれるのか、研究成果は、誰によっていかに叙述されるのか、「オーラリティ」により「現代」についての省察はどのように深まるのか。本会は、このような問題枠組みのもと、「オーラリティ」の問題性を、特に、聞き書きやフィールドワークの「場」に関連づけ検討する。聞き書きという営為は、「オーラリティ」と密接に関係し、調査者と被調査者が直接対面するという独特で複雑な「場」を前提としているからである。
当日は、歴史学の成果を批判的に学びながら進めたい。民俗学は、聞き書きという複雑な営みを捉え直すことで、「オーラリティ」についての視角や方法の総合的検討を進め、「現代」に迫っていかなければならないからである。一人目の登壇者は、ライフヒストリーを用いた歴史学的方法を切り開かれている大門正克氏に、現代史の立場からお話していただく。カウンター・パネリストは民俗学の立場から、フィールドワークの複雑な「場」や「当事者」論へ精力的に取り組んでおられる野口憲一氏にお話いただく。コメンテーターは、都市をフィールドとし、祭礼、記憶や語りの研究を展開されている中野紀和氏にお願いした。(文責:中野泰)
大門正克(横浜国立大学 経済学部・教授)
「人に話を聞くということは、どういうことなのだろうか ―歴史学における現場から―」
【要旨】
「オーラリティ」をめぐって民俗学と歴史学で対話するにあたり、あらためて、人に話を聞くということはどういうことなのか、ということを考えてみたい。「オーラリティ」は、語り手と聞き手の関係のなかで成立する。両者の関係を支えているのは、人に話を聞くという行為である。「オーラリティ」は、人に話を「聞く」ということがあってはじめて成り立つ。そこに「オーラリティ」の始原があるはずである。では、人に話を聞くということは、どういうことなのだろうか。報告ではそこに立ち戻って「オーラリティ」について考えてみたい。報告では私の聞き取りの経験を振り返り、聞き取りのなかで聞こえてきた声や聞きえなかった声、つきつけられた声などをたどるなかで、歴史学にとっての「オーラリティ」を考え、対話のきっかけにしたい。
野口憲一(日本大学 大学院文学研究科・博士後期課程)
「彼女たちと私の農産物直売所」
【要旨】
本報告では、以下の事例を通じて「オーラリティ」の問題について検討する。
本報告では、先ず、近年、農村・農業研究において横行している「農村・農業のロマンティックな記述スタイル」に則して、農産物直売所を運営する女性達の実践の民族誌的研究を行う。
このような研究は、当該スタイルが、いわばアカデミズムにおけるモデル・ストーリーであるため、女性達の語りの抑圧の上に成立している。しかし、女性達は、必ずしも当該スタイルの抑圧的な機能に従属するだけではなく、時としてこれに反発し、「新しい声」を発することもある。次に、女性たちが報告者に対して発した「新しい声」の描写を軸に、報告者の調査の在り方を反省的に見直す作業を行う。
その上で、研究者は、フィールドにおいて「語られないこと」や「語りえないこと」についてどのようにアクセスしていくのかについて検討する。本報告では、それらにアクセスするための根拠や要件として、研究者の「当事者性」について言及する。