第15回研究会 現代生殖医療を民俗学はどのように考えるのか
第15回研究会 現代生殖医療を民俗学はどのように考えるのか
日時:2012年9月8日(土)14:00~
場所:お茶の水女子大学生活科学部会議室(大学本館130室)
表題:現代生殖医療を民俗学はどのように考えるのか
発表者:
マルセロ・デ・アウカンタラ(お茶の水女子大学)「家族法学からみた現代生殖医療」
宮内貴久(お茶の水女子大学)「生殖医療の現状とエコー写真」
コメンテーター:
白井千晶(早稲田大学)
■コーディネーター: 刀根卓代・宮内貴久
■共催:お茶の水女子大学比較日本学教育研究センター、女性民俗学研究会
趣旨
1978年7月25日にイギリスで初めて体外受精が成功した。
その前日の朝日新聞三面には「近づく『試験管ベビー』の誕生」、「真剣に生命・道義論」「奇形・異常児を懸念」「科学の奇跡 『だが次に何が』…」という戸惑いを感じさせる見出しが掲載されている。
翌日の体外受精成功を伝える一面には「初の体外受精児誕生」「英の病院 帝王切開で女子」「2600㌘、母子とも順調」「医学・倫理 賛否両論の中」「対応迫られる科学者たち」という見出しが掲載されている。十面には「果たして医学の勝利か」という大見出しがあり、「不妊の苦しみ救う」「養子の方が自然だ」「こわい奇形の発生」「賛否の声さまざま」と識者のコメントが寄せられている。さらに「せつない不妊の人 医学研究は勇気も必要」という記事が掲載され、賛否両論の意見が紹介されている。それに対して十一面はステブトー博士・エドワーズ博士の記者会見の写真と「元気に“世紀の赤ちゃん”」「不安吹っ飛ばす産声」「過去四百例すべて失敗」「一時は生命の危機」「両医師、12年地道な研究」という見出しで、成功するまでの経緯が伝えられている。
日本における体外受精は、1983年に東北大学医学部で成功したのが始まりである。1991年12月には顕微受精の臨床応用を日本産婦人科学会が承認される。1992年4月には宮城県のスズキ記念病院で顕微受精が成功し、受精率は100%となった。
これまで民俗学が明らかにしてきたように、子が得られない場合には養子を取る、取り親取り子のように未成年の男女の子供を養子に迎えて成人すると結婚させてイエを継がせるなど、必ずしも血縁が必要とはされてこなかった。
1990年代の朝日新聞やアエラの記事によれば、生殖医療を行った産婦のカミングアウトの難しさ、人工授精で生んだ母親たちが様々な悩みを相談するサークルを作ったなど、1990年代初頭は人工授精により子供を得ることについて根強い偏見があった。「養子の方が自然だ」という社会的意識が強かったと考えられる。そうした状況下で、生殖医療を行った産婦のカミングアウト、親から生殖医療によって生まれた子供へのカミングアウトの難しさは、一部を除いて困難な状況にあった。親や子供はどのように考えていたのだろうか。彼らの語りを聞く必要があろう。
1990年代後半になると、「人工授精」という言葉よりも「不妊治療」という言葉を耳にするようになったという個人的な印象がある。朝日新聞では1995年1月14日の記事で「不妊治療」の用語説明をしていることから、1995年には「治療」が定着しつつあったと推定される。
人工授精で生まれる子供は増加していく。1998年の出生数は1,203,150人、人工授精出生者数は9,224人( 0.77%)で129人に1人が人工授精で生まれていた。それが、2008年出生数は1,091,156人、人工授精出生者数は20,494人(1.88%)で53人に1人が人工授精で生まれたことになる。わずか10年で倍増したのである。1990年代初頭には「養子の方が自然だ」という社会的意識だったのが、2008年には53人に1人が人工授精で生まれるという状況に変化したのである。「人工授精」から「治療」。1990年代に我々の意識はどのように変化したのだろうか。
不妊治療では、1948年から慶応大学において非配偶者間人工授精(AID)が行われてきた。AIDとは、①夫以外の男性の精子と妻の卵子を体外で受精させて、その胚(受精卵)を妻に移植する、②妻以外の女性の卵子と夫の精子を体外で受精させて、その胚(受精卵)を妻に移植するの二通りがある。日本では提供者は匿名とされている。これまでAIDで10000人近くが生まれてきたとされる。AIDではどちらかの親と血縁関係はあるが、ドナーは匿名であり知ることができない。
2000年代からAIDで出生したことを知った子供たちが、ブログなどでその心境を語り始めている。例えば、既に結婚年齢に達した子供たちが、異性が血のつながった兄姉かもしれないので恋愛できない、片親が不明なのは自分の存在を否定されている、遺伝的疾患への不安などの声である。欧米の一部では提供者の情報開示が行われているが、今後の日本はどのような展望があるのだろうか。また、血のつながりを求める心性とは何であろうか。さらに「血のつながった親」から「遺伝上の親」(同義であるが)へと意識が変化したようにも感じられる。
アメリカではAIDは提供者の肉体的特質・知的能力などでランク付けされ精子バンクとしてのビジネスも展開されている。また、イギリスでは同性同士のカップルがAIDで子供を得るというケースも出現している。果たして、こらからの親子関係とはいったい何であろうか。
また、日本では認められていないが、既に欧米では代理母、ベビーM事件のように代理母をめぐるトラブルが発生している。対岸の問題と思われていたが、日本でも、向井亜紀の代理母出産、根津クリニックによる娘の代わりに母親が出産するなど、厚労省の指針よりも事実が先行しているのが現状である。義姉が子供を生む。祖母が孫を産む。人文社会科学が想定していた親子関係、家族関係、親族関係を超越した状況が表出している。そこまでして産みたい、子供が欲しいという心性は何であろうか。
民俗学において親子関係、家族関係、親族関係は社会伝承として研究してきた領域である。命・身体観もまたそうである。前述した変化は、我々が生きている時に起こったことである。無自覚あるいは無意識のうちの変化、これは民俗学が取り上げるべき問題と考える。
本研究会では、家族法学の立場からの報告を踏まえた上で、現代のこうした諸問題ならびに先に指摘した疑問点を「現代社会と語りの問題」として取り上げ、narrative、life-historyという視角から、生殖医療の最先端と現代市民生活者との乖離を埋めるために、現代民俗学ができることは何か考えていきたい。(文責)宮内貴久