第18回研究会 現代文化をどう捉えるか
第18回研究会 現代文化をどう捉えるか―金益見氏の調査方法から学ぶ―
日 時:2013年7月27日(土) 13:30~18:00
場 所:東京大学東洋文化研究所・3階大会議室(本郷キャンパス)
登壇者:
発表者:金益見(神戸学院大学人文学部専任講師)
コメンテーター:加賀谷真梨(国立民族学博物館機関研究員)
コーディネーター:室井康成(東京大学東洋文化研究所特任研究員)・菅豊 (東京大学東洋文化研究所教授)
内容紹介:
民俗学の基礎的な営為の一つに民俗誌の作成がある。これは、対象とする地域の民俗文化の調査・分析・成文化といった過程を経て成立するものであるが、今日、こうした営為は民俗学の専売特許ではなくなった。いわゆるアカデミック民俗学の訓練を受けていない個人や市民団体・郷土研究サークルが、従前の民俗学が世に問うてきたものと比しても遜色ないか、あるいはそれ以上の高い水準の民俗誌を編み上げることも、もはや珍しいことではなくなった。そうなると、アカデミック民俗学の独自性とは、いったい何なのか、自問せざるを得ないであろう。
一方、現代文化、すなわち世相の移ろいを同時代的に捉え、民俗誌としてまとめてゆくことも、かつての民俗学が担った重要な役割であった。例えば宮本常一は、民俗学の主たる調査対象地域が農山漁村であった時代に、戦後の新憲法の理念や高度経済成長が人々に与える影響を、その生活様式の変化に焦点を当てることでダイナミックに記述していった。その成果は、等身大の同時代史として社会に受け入れられ、民俗学のみならず、その外部に対する影響力も少なからぬものがあった。しかし残念ながら、現在の民俗学は、宮本ほどインパクトのある成果を社会に対して提示できているとは言えない。
そうした中、2008年に、当時大学院生であった金益見氏が著した『ラブホテル進化論』(文春新書)が刊行された。同書は、従前の人文・社会科学研究で対象化されてこなかった課題を選択したという目新しさで大きな話題を集めたが、何よりもその成果は、広義の「貸間」であるラブホテルの名称や意匠の変遷史から男女間の力関係や性愛をめぐる羞恥感情の変化を読み解いたことや、その設立数の増減の背後に高度経済成長期に起った家族構成の変化や住居の間取りの一般化を看取するなど、多くの発見を獲得し、さらにこれを日本文化論の領域にまで高めたことであった。同書により、それまで未見であった事実が明らかになったケースも多く、加えて私たちの身辺にある細かな事柄に着目し、課題化するといった姿勢は民俗学にも通じるところがあり、示唆に富む成果であると言える。
そこで今回の研究会では、同書の著者である金益見氏を発表者に迎え、同書にまとめられた研究で金氏がとった調査手法という問題に焦点を絞り、金氏自身の調査体験談を踏まえながら語ってもらうことにした。そして一連のラブホテル研究を通じて金氏が獲得した視点や調査手法が、金氏が現在取り組んでいる夜間中学を対象とした識字問題に関する研究やインタビュー論へと、どのように結び付いているのかという点について発表をお願いし、現代文化を捉える上で有効な視点や調査手法とは何か、そこから浮かび上がってくる問題とは何かを、金氏との対話の中から考えてゆきたい。
主催/共催:現代民俗学会/東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける『民俗学』の方法的課題」
金益見氏の発表趣旨:
私は学生時代、江戸時代から現代に至るまでの貸間産業の変遷、つまりラブホテルがラブホテルと呼ばれるようになるまでどういう経緯があったのかということを調べました。先行研究がほとんどなかったため、現場に行って調べるという方法しかなかったのですが、実際のところラブホテルに調査に行っても門前払いが続きました。そんななか、どうやって業界に入りラブホテルを調査することができたのか?今回は、研究の中身ではなく、方法をお話したいと思います。またラブホテル研究後に発表した漫画家さんのインタビュー、夜間中学校の取材など、現場に行って人に話を聞き何かを掴んで帰ってくるにはどうしたらいいのか、これから何かを研究したいと考えている学生さんにも届くようにお話できればと思います。
金益見氏プロフィール:
金益見(きむ・いっきょん)
神戸学院大学人文学部専任講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。在日コリアン3世。著書に『ラブホテル進化論』(文藝春秋/2008年/第18回橋本峰雄賞受賞)、『サブカルで読むセクシュアリティ―欲望を加速させる装置と流通』(共著/青弓社/2012年)、『性愛空間の文化史―「連れ込み宿」から「ラブホテル」まで』(ミネルヴァ書房/2012年)、『贈りもの 安野モヨコ・永井豪・井上雄彦・王欣太 ~漫画家4人からぼくらへ』(講談社/2012年)『やる気とか元気がでる えんぴつポスター 』(文藝春秋/2013年)ほか。