第32回研究会 フォーク・メディアとフォーク・コミュニケーション
第32回研究会 フォーク・メディアとフォーク・コミュニケーション―〈いくつもの民俗学〉と現代民俗学―
日 時: 2016年8月6日(土)13:30~
会 場:神戸大学国際文化学研究科(鶴甲第1キャンパス)学術交流ルーム(E410)
発表者:
荒井芳廣(大妻女子大学)
竹村嘉晃(人間文化研究機構総合人間文化推進センター/南アジア地域研究国立民族学博物館拠点)
コーディネーター:
梅屋潔(神戸大学)・島村恭則(関西学院大学)
趣旨:
フォークロア研究/民俗学は、世界各地で行なわれているが、そのあり方は多様である。
ブラジルでは、フォークロア(民俗)を情報伝達と感情・思想表現の回路ととらえるフォーク・コミュニケーション概念が提唱されており、この概念のもと、会話、報告、韻文、物売りの声、説教、民謡、演劇、儀礼、祭礼など直接的な接触を通してのコミュニケーションや、銘文、版画、民衆本、民芸品、絵馬、メダル、リボン、ロウソクなどの「もの」を介するコミュニケーションがさかんに研究されている。ブラジルの大学では、コミュニケーション系学部の中にフォーク・コミュニケーションのカリキュラムが用意され、コミュニケーションとしてのフォークロアの研究・教育が行なわれている(荒井2004)。
インドでも、1970年代以降、フォークロアの実践を、民俗芸能、歌謡、儀礼、造形などの形式を用いたコミュニケーション行為であるととらえ、それが政治的・経済的に流用される状況も含めて、フォーク・メディアの概念のもとで研究が行なわれてきた(竹村2015)。インドの大学においては、メディア・コミュニケーション系学部の中でフォーク・メディアの研究・教育が行なわれている。
今回は、こうしたブラジルとインドのフォーク・コミュニケーション研究、フォーク・メディア研究を、世界に存在する〈いくつもの民俗学〉の一つのあり方としてとらえ、これらについて造詣の深い二人の人類学者に、その理論的枠組みや学史的背景、近年の動向についてうかがい、民俗学をメディア・コミュニケーション研究としてとらえる視点を彫琢したい。
荒井芳廣(大妻女子大学)
「ブラジル民俗学への道」
報告者がブラジルに初めて調査に訪れたのは1970年代末であった。当初から調査地はブラジル北東部ペルナンブコ州のジュアゼイロ・ド・ノルチと決めていた。ブラジルでの調査対象をこのブラジルの奥地の中都市を中心に生産・流通する民衆的小冊子、リテラトゥーラ・ヂ・コルデウと決めていたからであった。1か月余りの短い調査期間を、まずブラジルの学問研究の中心であるサンパウロとリオデ・デ・ジャネイロから始めたのは、この民衆衆的小冊子の主要な研究者と研究機関がこの2つの都市にあったからというばかりでなく、この2つの都市にはブラジル北東部からの移住者が多く住み、この地域の民俗現象を運んできていると聞いていたからである(サンバやカルナバルのその例である)。果してこの大都市で後に共同調査をするようになる小冊子作者や研究者と出会った。そのうちでも最も影響を受けたのがECA(サンパウロ大学コミュニケション&芸術学部)とその研究者であった(当時はまだ博士論文を準備する学生であった)。そのあとペルナンブコ州の州都レシーフェに赴き、奥地の街を巡りながら、ブラジル各地の様々な民俗現象とそれぞれの地域での民俗学研究の伝統に出会い、さらには先の2大都市で「民俗学」が社会科学系学部の必須カリキュラムとして導入されるプロセスも知るようになった。本報告では報告者がブラジルでの調査で知りえたブラジル民俗学の学史的地位について話したい。
竹村嘉晃(人間文化研究機構総合人間文化推進センター/南アジア地域研究国立民族学博物館拠点)
)
「神霊祭祀が具象化するインド民俗学の視座」
多様な諸芸術が受け継がれているインド世界では、藩王国時代より英植民地統治から近現代に至るまで、歌謡や村芝居、舞踊、祭祀などの芸能がメディアとしての機能を果たしてきた。報告者が2002年より調査を続けている、南インド・ケーララ州北部に伝わる神霊祭祀のテイヤムは、同地域における人びとの宗教や社会的生活の中心となっている傍らで、「民俗芸術」という肩書きと共に、宗教的文脈から逸脱した複数の場に異なる媒介を通じて表れている。
本報告では、テイヤム祭祀をめぐる今日的状況について、第一に活字メディアに焦点をあて、神霊とその祭儀が人びとの間でどのように位置づけられてきたのか、英植民地期から現在にいたるまでのテイヤム祭祀のイメージと知識の形成過程を紹介する。第二に、インド民俗学の領域で注目された「民俗メディア」という枠組みを示しながら、州政府が誕生した20世紀後半において、テイヤム祭祀が政治や芸術の文脈でいかに流用・配役されてきたのかを詳述する。第三に、テイヤム神のイメージが祭儀とは異なる日常のかつ多元的なメディア空間において繰り返し再生産されている状況を観光と生活世界の文脈から検討する。最後に、電子メデイア空間における神霊を介した新たなネットワーク形成の動態について触れる。
以上をふまえ、本報告では、近代化の過程におけるローカルな神霊祭祀の多元的かつ複合的な受容動向を明らかにしながら、インド民俗学における芸能への視座をメディアとのつながりから再検討する。
【文献】
荒井芳廣 2004「訳者解説」『ブラジル民衆本の世界―コルデルにみる詩と歌の伝承―』(増補版)、ジョゼフ・M・ルイテン著、荒井芳廣・河野彰・古谷嘉章・東明彦訳、御茶の水書房。
竹村嘉晃 2015『神霊を生きること、その世界―インド・ケーララ社会における「不可触民」の芸能民族誌―』風響社。
■主催/共催:現代民俗学会・神戸人類学研究会