第33回研究会 パブリック・ヒストリー
第33回研究会 パブリック・ヒストリー―多様なる歴史実践から生まれる開かれた歴史―
日 時: 2016年9月10日(土)13:00~
会 場:東京大学東洋文化研究所大会議室
発題:
菅豊(東京大学教授)
「パブリック・ヒストリーとは何か?―歴史実践研究に向けての基本的枠組み―」
特別講演:
岡本充弘(東洋大学名誉教授)
「パブリックな場にある歴史」
コーディネーター・ディスカッサント:
北條勝貴(上智大学准教授)、菅豊
趣旨:
「歴史」は、歴史学の独占物ではない。民俗学も、民俗という文化現象の歴史(的変遷)を扱う歴史民俗学に挑戦してきた。しかし今回の研究会は、歴史民俗学のように「民俗」という文化の一部を対象化し、その歴史を探究することを目指してはいない。人びとが「日常的実践において歴史とのかかわりをもつ諸行為」[保苅 2004]、すなわち「歴史実践」を社会・文化現象としてとらえ、その意味を探究するのである。
歴史実践は地域や時代、そして専門家/非専門家といったアクターの属性を越えて普遍的に行われる行為であり、現象である。それは単なる「過去の回顧」ではない。「過去との対話を通じて現在の現実世界を創造する行為」なのである。さらに、それは伝統的な歴史学が依拠してきた文献などの文字的媒体によって限ってなされるのではなく、遺物や民具などの物質的媒体や絵画や映像などの視覚的媒体、口頭伝承などの音声的媒体など、民俗学も関心をもってきたような多種多様な媒体を以てなされるのである。
この歴史実践を考えるにあたり、近年、欧米の歴史研究で注目されているパブリック・ヒストリー(public history)の動向は見過ごせない。米国では1970年代以降、公共部門の活動や政策と、歴史学や民俗学、考古学などの歴史系人文学とが連動して、狭義のパブリック・ヒストリーが勃興した。それは1990年代以降、専門化した学問の社会的孤立が問題視されるなか、社会や市民に資する歴史(学)、そして市民によって考究される歴史(学)という広義のパブリック・ヒストリーとして発展した。「歴史」は、もはや学者の独占物ではない。
広義のパブリック・ヒストリーには、「歴史によって現在を創る」という積極的歴史実践観が貫かれる。またそれには過剰に専門化、職業化した歴史学によって独占されていた歴史実践を社会に開いていく歴史運動観が貫かれる。そしてそれには、歴史学に大きな衝撃を与えた「言語論的転回」という思潮が少なからず影響を及ぼしている。歴史をただ物語として見なすだけではなく、「何かのために」「誰かのために」物語としての歴史を紡ぐことに重きを置く。このような歴史実践は、歴史学や民俗学、文化人類学、社会学、宗教学といった「歴史」に少なからず関心をもってきた学問の共通課題であり、その考究は脱領域的な歴史研究のアリーナを形作ってくれることであろう。
本研究会では、日本の歴史研究では未だほとんど顧みられていないパブリック・ヒストリーや、それにインパクトを与えている歴史叙述の諸転回について論点を整理し、「パブリックな場にある歴史(history in public place)」や「人びと自身が創り出す歴史(people’s history)」、そして「歴史する(doing history [保苅 2004]あるいはhistorying [Munslow 2010])」ことの可能性と問題点、そしてその研究/実践の今後の展望について討議する(文責:菅豊)。
■主催/共催:現代民俗学会、パブリック・ヒストリー研究会(科研「パブリック・ヒストリー構築のための歴史実践に関する基礎的研究」グループ)、東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」研究会