(7.28)第75回研究会 パブリックな記憶、ヴァナキュラーな記憶 —風間計博・丹羽典生編『記憶と歴史の人類学―東南アジア・オセアニア島嶼部における戦争・移住・他者接触の経験』を読む、語る—

第75回研究会 パブリックな記憶、ヴァナキュラーな記憶 —風間計博・丹羽典生編『記憶と歴史の人類学―東南アジア・オセアニア島嶼部における戦争・移住・他者接触の経験』を読む、語る—

  • ■本研究会は、会員資格を問わず、どなたでもご参加いただけます。ただし事前参加登録(登録方法は末尾【参加登録について】を参照)をお願いします。
  • ■対面参加の場合、現代民俗学会会員の方も参加登録をしていただく必要があります。
  • 開催概要

    • ■日時:2024年7月28日(日) 13:00~
    • ■開催方法:対面とオンラインの併用
    • ■会場:東京大学東洋文化研究所大会議室

    趣旨:

     20世紀末、歴史学と人類学に激震が走った。その激震とは、歴史学では歴史叙述の物語性に光を当てたヘイドン・ホワイトによる1970年代の「言語論的転回」、「物語論的転回」であり、人類学では他者表象の政治力学を暴露したジェームズ・クリフォードらを中心とする1980年代の「ライティング・カルチャー・ショック」である。この二つの激震により、それぞれの学問は猛省と大変革を迫られ、歴史学者と人類学者がひとかたならぬ危機感を抱いたことは周知の通りである。ただ、その歴史学と人類学の激震を引き起こした震源地が、じつは重なり合っていたことはあまり注目されていないようだ。ホワイトとクリフォードの二人は、共にカリフォルニア大学サンタ・クルーズ校に新設された「意識の歴史」学科(History of Consciousness Department)で教鞭を執っていた。二人はそこで同じ学問空間を共有し、交流しながら革新的で学際的、そして刺激的な卓説を発展させたのである。クリフォードは『文化を書く』で、ホワイトから励ましと刺激をもらったことに謝辞を述べ、ホワイトは『メタヒストリー』の40周年記念版序文の謝辞で、クリフォードの名前を上げるほどである。世界の歴史学と人類学を大きく揺るがした「転回」と「ショック」は、実は学知の奥底―知底―でつながっていた。風間計博・丹羽典生編『記憶と歴史の人類学―東南アジア・オセアニア島嶼部における戦争・移住・他者接触の経験』(風響社、2024年刊)は、そのことをあらためて深く認識させてくれる良書である。

     同書では、そのような2つの学の知的な交流と不可分な「記憶と歴史」という主題を取り上げ、実証的な史実の追究からは零れ落ちてしまう「史実性(historicity)」の次元を真摯に掬い取る狙いから、説得性や「本当らしさ」を帯びた、歴史をめぐる記憶の実践的な表現形式に注目する。そして、国民や集団を統合するパブリックな記憶形態である「集合的記憶」と、人びとの日常生活に根差した矛盾や曖昧さを含む記憶形態である「ヴァナキュラーな記憶」とが、相互に浸透し縺れ合う関係を見据えながら、多様な歴史の経験や歴史をめぐる想起の実践の具体的事例を提示し、それぞれの現場における史実と虚偽のあわいに「史実性」がいかに立ち現れる(現前する:enact)のかを詳細に検討している。

     本研究会では、編者・執筆者を交えて同書を合評しながら、歴史をめぐる記憶が人びとに何をもたらし、人びとをいかに駆動させるのか?そして、いかにして忘却されるのか?といった同書のテーマを、歴史学と人類学、そしてもともとヴァナキュラーな歴史の視角をもってきた民俗学という「三種混合学知」の対話を通じて議論したい(文責:菅豊、河野正治)。

    コーディネーター:

    菅豊(東京大学東洋文化研究所)

    河野正治(東京都立大学人文科学研究科)

    発表者

    風間計博(京都大学大学院人間・環境学研究科)

    「不確実性の時代における記憶と歴史の人類学」

    飯髙伸五(高知県立大学文化学部)

    「パラオ共和国ペリリュー島におけるヴァナキュラーな太平洋戦争の記憶」

    コメンテーター

    北條勝貴(上智大学文学部) 歴史学からの応答

    塚原伸治(東京大学総合文化研究科) 民俗学からの応答

    発表要旨

    風間計博「不確実性の時代における記憶と歴史の人類学」

     本発表は、現代世界における記憶と歴史について、史実と虚偽の交錯領域を見据えながら、文化人類学的に考察することを目的としている。一般に、歴史学的方法論には文字資料が必須である。しかし、文化人類学の扱ってきた多くの社会では、口碑伝承、歌謡や舞踊、彫刻等の非文字的な媒体によって過去の事象の記憶を後世に伝えてきた。また文字を有する社会においても、戦災の経験等をみれば、一般民衆の個別経験が文字に残される機会は稀であった。こうした文字化されない記憶を救出すべく、口碑伝承の正当性が認識されるようになった。一方、20世紀半ば以降、思想潮流が変化するなか、文字媒体に拠らない歴史の正統性や、実証主義的な歴史解釈を批判する懐疑論的な思潮が隆盛した。さらに今日、ネット情報が氾濫し、真偽をめぐり混乱状況を呈している。こうした諸情勢を踏まえ、本発表では、史実の追究をひとまず留保したうえで、史実と虚偽のあわいに「史実性」を措定する。「史実性」とは、文書の有無にかかわらず、行為遂行的に説得性や本当らしさを帯びて現前する歴史記憶と暫定的に構想した概念である。

    飯髙伸五「パラオ共和国ペリリュー島におけるヴァナキュラーな太平洋戦争の記憶」

     この発表では、太平洋戦争の激戦地であったパラオ諸島のペリリュー島で、地域社会の人々が、日米という戦争当事国の戦争の記憶に包摂されながらも、ヴァナキュラーな戦争の記憶をいかに構築してきたのかを、戦争遺跡・遺物や戦争記念物に注目して検討していく。パラオ諸島ペリリュー島の人々は、1944年9月15日のアメリカ軍上陸を前に、日本軍によって同島から退避させられ、パラオ諸島バベルダオブ島北部のガラルドに疎開し、戦後は焦土と化したペリリュー島に帰還を果たした。原形をとどめない地形を前にして、人々は絶句したが、米軍の廃材を再利用したりしながら、新たな村落を形成していった。また、島の各所に放置された戦争遺物を拾い集め、2004年に開館したペリリュー第二次世界大戦記念博物館に配置している。同博物館には、戦後人々が島で拾い集めてきたモノのほか、日米からの寄贈品が雑然と並べられ、戦争当事国のナショナルな戦争の記憶を相対化している。また、1990年代から発達した戦跡観光のなかで、ローカルな観光ガイドは、日米の軍事史的観点から島を巡ることを受け入れながらも、人々の疎開経験を象徴する 「ガラルドの石」のようなローカルな戦争の記憶をも提示している。ペリリューでは、9月15日が米軍上陸を記念した解放記念日として祝われるが、同時に2015年4月9日の天皇皇后の訪問日が新たに州の祝日として祝われている。このように、戦争当事国である日米の残した遺物、再来した元兵士、戦跡を巡る観光客などの多様なエイジェントとの関わり合いのなかで、ペリリューの人々はヴァナキュラーな戦争の記憶を想起している。それは戦争当事国のナショナルな記憶に対峙するローカルな記憶ではなく、ブリコラージュ的な寄せ集めであり、日米およびパラオの人々の人とモノの関係性の産物である。

    共催:

    現代民俗学会、パブリックヒストリー研究会、日本文化人類学会関東地区研究懇談会、東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」研究会、野の文化論研究会(科研「ヴァナキュラー概念を用いた文化研究の視座の構築―民俗学的転回のために―」)

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