現代民俗学会The Society of Living Folkloreは民俗学に関心をもつ多様な人々で構成され、定期的な研究会の開催と『現代民俗学研究』誌の刊行を主な事業として民俗学の尖鋭化・実質化・国際化に取り組んでいます

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現代民俗学会では年に一度、年次大会を開催しております

2017年度年次大会

日 時:2017年5月20日(土)11:00~
場 所:東京大学東洋文化研究所 大会議室
 

(1)個人研究発表 11:00~12:00

11:00~ 第一報告
   邢光大(神奈川大学)
   「資源化の主体は誰かー小桑村「等公王」儀礼を事例として―」
11:30~ 第二報告
   林 依蓉(京都府立大学)
   「台湾原住民タロマク族おける遊び仕事の意味―狩猟活動と民族の自立」
 

(2)会員総会 12:00~12:45


ポスター

(3)シンポジウム 13:30~17:00

「民俗学」×「はたらく」-職業生活と〈民俗学〉的知-


発表者:
 岩舘岳(紫波町教育委員会事務局生涯学習課主任兼社会教育主事)
 樽田俊祐(株式会社浜銀総合研究所地域戦略研究部研究員)
 野口憲一(日本大学文理学部非常勤講師・(株)野口農園取締役(採用・企画プロデュース担当))

コーディネーター:
   辻本侑生、塚原伸治

趣旨:

 民俗学は、アカデミズムの担い手のみならず、そこに属さない多様な人びとを糾合した「野の学問」として成立し、現在においてもアカデミー以外の多様な立場や職業の人びとから構成されている。多様な人びとの協働によって〈民俗学〉的知(cf.伊藤純・松岡薫「特集・円環する〈民俗学〉的知―学校教育と文化行政の現場から再考する―」『現代民俗学研究』8、2016)が作り上げられていることは、民俗学や隣接する人文・社会科学系学問の公共性や実践性を考える上で重要な論点であり、これまでの現代民俗学会のシンポジウムや研究会においてしばしば取り上げられ、議論されてきた。
 他方で、戦後に高等教育機関において民俗学教育が制度化された結果、大学や大学院でアカデミック民俗学に接し、卒業・修了した後に様々な分野で活躍している職業人も、確実に増加している。しかしながら、こうした職業人たちが、アカデミック民俗学の学修・研究を通して得た〈民俗学〉的知をそれぞれ職業生活のなかでどのように活かしているかについては、ほとんど注目されてこなかった。
 以上のような課題に応えるべく、本シンポジウムでは、民俗学を大学や大学院で学んだ経験を持つ3名の、学生時代の学修・研究や職業生活上の経験を踏まえた報告をもとに検討を行う。具体的には、公務員として地域における文化財保護や社会教育に携わっている紫波町教育委員会の岩舘岳氏、民間シンクタンクの研究員として国や自治体をクライアントとした受託調査や計画策定支援に携わっている浜銀総合研究所の樽田俊祐氏、農業生産法人の経営に携わりつつ、民俗学の研究・教育の担い手でもある野口農園の野口憲一氏の3名を登壇者として招き、それぞれの経験と実践をふまえた議論を行う。
 これまでも現代民俗学会では、義務教育や社会教育の場における〈民俗学〉的知のあり方について、議論を行ってきた。本シンポジウムは、こうした議論の射程を職業生活の問題に拡張し、職業生活と〈民俗学〉的知の関係性について議論することを目指すものである。また、もうひとつのプラグマティックな目的として、登壇者の多様な発表と質疑応答を通し、大学等教員は民俗学教育の今後のあり方等について、学生は民俗学の学修・研究の仕方や今後のキャリアに向けた考え方等について、それぞれヒントを得ることができるような機会とすることも企図している(文責:辻本侑生)。

岩舘岳「辛苦たしなみながら地域で働く ―民俗学系自治体職員の場合―」

 「市民参加」「協働」など、行政と住民との連携による地域課題解決が注目されて久しい。自治体行政の現場は、フィールドとの対話を学問的基盤とする民俗学との親和性が高く、学問的実践が可能な場のように見える。報告者はこうした視座から調査地の町役場に奉職し現在に至っている。大学・大学院にて蓄積した民俗学の調査経験及び知識・諸技法・習慣は、一自治体事務職員として働く現在の職業生活においてどのように作用・機能しているのか改めて考えてみたい。

樽田俊祐「門外漢からの一報告」

 報告者は、自身が「民俗学を学んだ」という認識は持ち合わせていない。あくまで金魚について、自らの興味に従い、事実を知るために様々な手段を用いた結果、そこに民俗学の手法が含まれていたというのが正しい。このような人間が報告者として適切なのか疑問が残るが、余所者の立場から、大学院時代の研究から学んだことや、仕事の中で感じる「大学での学びと仕事のつながり」について報告する。皆様に「こういう見方もあるのね」と思っていただければ幸いである。

野口憲一「経済学的方法論から民俗学的方法へ――農業法人経営における民俗学の可能性」

 (株)野口農園において携わっている業務(企画、商品化、営業、物流の構築、広報等)の経験から、農業法人経営における民俗学の可能性について検討する。従来の農業経営においては、効率化や合理化の徹底的な追求を主とする経済学的方法論がセオリーとされてきた。しかし、経済学的方法論は、既存の価値の範囲内における資源や財の配分を検討することはできても、価値自体の増大に寄与するものではない。本報告では、「価値の増大」と「価値の翻訳」に寄与する方法として民俗学的方法の可能性について言及する。

■主催:現代民俗学会、パブリック・ヒストリー研究会(科研「パブリック・ヒストリー構築のための歴史実践に関する基礎的研究」グループ)、東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」研究会

2017年度年次大会の開催に関するアナウンス

■個人研究発表の募集
 本会は2017年度年次大会における個人研究発表を企画しております。つきましては次の要領にて報告者を募集します。よろしくご検討ください。

【概要】
日 時:2017年5月20日(土)
会 場:東京大学東洋文化研究所 大会議室
概 要:
 一報告あたり質疑込み25分。MS-PowerPoint使用可。
 会員による共同発表可
 原則として日本語を使用言語とする。事前査読有り。
 発表要旨は2018年春刊行予定の『現代民俗学研究』第10号に収録予定。

images/logo/wordimage2.jpg 【募集要項】
募集期間:2016年12月1日(木)より2017年2月13日(月)正午まで
提出方法:右のリンク先のエントリーシートに記入の上、発表要旨を添えてe-mailにて本会事務局まで送信して下さい。事務局で受信後、受領連絡をお送りしますが3日以上経過して返信がない場合にはエラーが生じている可能性がありますので、ご照会下さい。

【記入上の注意】
形 式:
 エントリーシート、要旨ともにMS-Wordを使用ソフトとし、.docもしくは.docx形式で作成。MS明朝など一般的な日本語フォントを使用。
 エントリーシートと要旨は別個に作成。両者が揃っていない場合エントリーを受け付けることはできません。
 要旨は1200字程度とし、A4版横書きで1枚に納める。要旨は査読の対象であるとともに、『現代民俗学研究』誌への収録原稿としても取り扱われます。

【年次総会研究発表の査読要項】
  査読は次の要項に基づいておこなわれます。
■目的
 本大会における研究発表が学術研究にふさわしい高度な水準を保ちうるよう査読の制度をおく。
 査読は査読委員会が行うものとする。
■査読基準
 査読者は、査読の対象となる研究発表の要旨に対して、次の観点に基づき評価を行い、総合的判断に基づき発表の可否の判定を行う。
  1. 書式・様式が規定を満たしているか。
  2. 本学会の目指す三つの課題(先鋭化・実質化・国際化)に即した発表内容であるか。
  3. 十分な構想の下に練られた発表内容であるか。
  4. 既発表の内容でないか。

【採否】
 審査のうえ、2017年3月初旬までに採否をお知らせします。
【発表者の資格】
 発表はエントリーの時点において本会の会員であり、該当年度までの会費を完納している者に限られます。

2016年度年次大会

日 時:2016年5月21日(土)10:00~
場 所:東京大学東洋文化研究所 大会議室
ポスター  

(1)個人研究発表 10:00~12:00

10:00~10:25 第一報告
   馬路(神奈川大学歴史民俗資料学研究科)
   「徽州の女祠に関する考察」
10:30~10:55 第二報告
   桜木真理子(筑波大学人文社会科学研究科)
   「病いの境界はどこか―ハンセン病経験者の語りにみる医療と経験―」
11:00~11:25 第三報告
   菅豊(東京大学東洋文化研究所)
   「宮本常一が予期しなかったこと―文化政策、民俗学者の介入、そして順応的管理―」
11:30~11:55 第四報告
   川森博司(神戸女子大学)
   「現代民俗誌への模索と課題―『高砂市史』における試みから―」

 

(2)会員総会 12:00~12:45

・事業報告
・会計報告ほか

(3)年次大会シンポジウム 13:30~

「民俗」にはまる人々―「民俗」中心の民俗学を超えて―


発表者:
 森田玲(玲月流 篠笛奏者)
 有本尚央(甲南女子大学)
 塚原伸治(茨城大学)

趣旨:

 「民俗」を調査研究し表象するという行為は、アカデミックな研究者に閉じられたものではない。そこで、本シンポジウムではいくつかの祭りを取り上げ、「民俗」の現場にいて独自にそれを調査・研究し表象する、職業的研究者ではない人々を「はまる人々」とし、あえて中心にすえて議論したい。
 祭りの現状や外部からの表象に不満をもち、独自の文脈で研究活動や表象を行った結果、もはや祭礼の一介の担い手というよりは「研究者」の立場になっていく人々がいる。あるいは他方、当初は祭りの外部にいたのにもかかわらず、好きが高じて「祭りマニア」や「祭り研究者」になる人々がいる。彼らがその一環で実際に祭りの参加者になっていくことは珍しいことではない。
 もちろん、従来の研究がそのような存在を無視してきたといいたいのではない。しかし、彼らが特殊な、あるいは周辺的な存在として理解されてきたことからもわかるように、そのような立場の人々をきちんと捉え損なってきたともいえるだろう。
 たとえば、内部の人間による研究・表象について、アカデミックな研究者がしてきたことはこうだ。アカデミックな研究者は、自らと言葉や関心を共有できる部分においてのみ彼らを「地元の研究者」として位置づける。その位置づけによって、アカデミックな研究の動向とは必ずしも重なり合わない、彼ら自身の動機や彼らが持つ世界は捨象されることになる。そして彼らを、当事者とアカデミズムの間に立つ者として「周辺化」することに成功する。
 あるいは、外部からやってきた「はまる人々」についてしばしば行われる「近年の祭りにおいて、よそものが重要となっている」という表明からは、そのような人々を、あくまでも周辺的な存在としてのみ位置づけることが可能だという前提を透かし見ることができる。
 このような「はまる人々」が捉えられ損なってきた原因の一つに、従来の祭り研究が祭り自体(あるいは地域)を中心において理解することから離れられなかったという事情がある。祭りをひとつの「全体=中心」として置く限りは、上にあげたような「はまる人々」の「周辺」化された位置づけは、正当で安全なものであったのである。
 しかし、ここでは「あえて」このような位置づけを反転させて、「はまる人々」を中心において議論したい。彼らを中心に置いて彼らにとっての祭りがどのようなものかを考えれば、違った姿が浮かび上がるに違いない。祭りにとっての、あるいは担い手にとっての「特殊」「周辺」であるかもしれない彼らであるが、彼らにとっての祭りが周辺的なものであるわけではない。むしろ、彼らの人生そのものと不可分といえるほどに重要なものであることもめずらしいことではないだろう。
 これは、祭り研究の間隙を探すことではない。むしろ、祭り自体を中心において設定される問いを一旦停止し、人間を中心に据えた視点で考えることで、研究の視点を攪乱することを目的としている。そして最終的には、「民俗」中心の民俗学をいかに相対化できるのかという大きな問題系へと接続することを目指すものである。

森田玲「祭は誰のものか?―イベント化する神賑(かみにぎわい)行事~岸和田祭と地車(だんじり)と私―」

 祭は神事と神賑行との絶妙のバランスの上で継承されるが、時に神賑が暴走し祭がイベント化する。岸和田祭はその典型だ。私は地車の高速曳行化に伴う囃子の衰退を憂い、大学を中退して笛屋を営み始めた。平成十八年に祭が土日開催となって後は「祭は誰のものか?」という根本を地元に問いながら、子供囃子教室、各地の祭紹介のシンポジウム、神社記念誌の編纂、担い手との勉強会の開催などに力を入れている。本発表は、地車文化圏で生まれ育ちながらも祭を離れざるを得なかった私の、二十年をかけたアイデンティティの回復の経緯と、地元との関わりの報告である。

有本尚央「祭りを語る/騙るのは誰か―岸和田だんじり祭における囃子の「改善」運動を事例に―」

 本報告は、本企画の第一登壇者である森田玲氏の諸活動を社会問題の社会学的視点から「クレイム申し立て活動」と「状態のカテゴリー」の構築に関わる実践して捉えることを通して、祭りに「はまる人」がいかにしてそこへと至るのかについて考察する。これは、社会学的な祭り研究であると同時に、本企画が主題とする「はまる人」について、アカデミックな研究者の立場性を含み込んだ祭りに関わる〈中心と周辺〉の問題系を撹乱する試みでもある。

塚原伸治「祭りに魅了される人々―「民俗」にはまるのは誰か―」

 本発表では、千葉県香取市の「佐原の大祭」におけるふたつの出来事について語る。「外部」であった人々の調査や情報交換が、祭礼への新たなチャンネルを創出した例、あるいは祭礼の担い手による新しい調査活動が、発表者自身やその身近な人々がアクターとなって行われた例をもとに、「民俗」について調査し記述するという活動が、情報環境やリテラシーとの関係において変化しつつある現状について概略する。

現代民俗学会 運営委員選挙に関する公示

現代民俗学会会員各位
                            2016年3月26日
                          会長 古家 信平
                     選挙管理委員長 及川 祥平

       現代民俗学会運営委員選挙に関する公示

 第5期(2016年度・2017年度)運営委員選挙につきお知らせいたします。
本会の現運営委員は来年度の年次大会(2016年5月開催)をもって任期を満了します。本学会の「会則」および
「選挙規定」に従い、年次大会にあわせて開催される総会で会員選挙を行ない、第5期運営委員13名を選任します。
 選挙は以下の要領で実施いたします。

               記

1.日程
  日 時:2016年(平成28年)5月21日(土) 10:00~
  場 所:東京大学東洋文化研究所(東京都文京区)

2.選挙方法
 (1) 運営委員は選挙規定に従い、会員より規定の人数を選任する。なお投票は総会当日における会場での直接投票とする。
 (2) 会長は新任された運営委員の互選により選出する。

3.有権者
 (1) 選挙権および被選挙権は2016年4月1日現在で本会の会員であり、かつ前年度までの会費を完納している者が有するものとする。
 (2) 会則14条に定める連任規制に該当するものは、今回の選挙では被選挙権を有さない。

4.投票方法
 (1) 選挙管理委員会が作成した投票用紙を使用し、選出定数の13人に投票する。
   投票用紙は会場受付にて各自で配布を受け、記入後、所定の時間内に投票するものとする。
 (2) 選挙規定第5条に従い、以下の投票は無効とする。
   1)投票用紙に署名もしくは捺印したときは、全部無効とする。
   2)定数をこえて投票したときは、全部無効とする。
     その他の投票の効力については、選挙管理委員会の判断による。
 (3) 投票は年次大会の開場より開始し、シンポジウムの開始とともに一時的に締め切る。
   その後、シンポジウム中の休憩時間を再度の投票時間とし、シンポジウムの再開をもって投票を締め切る。

5.開票結果の開示
 (1) シンポジウム終了後の総会第2部において公表する。
   あわせて監査の選任を行う。
 (2) 運営委員に選任された者のうち、その場に居合わせない者については選挙管理委員会より連絡する。

                              以上

 なお選挙の実施に伴い、留意点として以下を補足いたします。
 (1) 本会会則、ならびに選挙規定については本会ウェブサイトにて確認いただけます。
 (2) 選挙権・被選挙権ともに会費の完納が条件となります。有権者名簿の確定との関係から、4月末日時点で会費に未納がある会員は、
  その後完納されたとしても選挙権が認められない場合があります。
  また会費を2年にわたり滞納した者は、会則8条にしたがい退会手続きにうつることとなります。


                   現代民俗学会・選挙管理委員会


2015年度年次大会

日 時:2015年5月23日(土)11:30~
場 所:成城大学 3号館311教室
 

(1)個人研究発表 11:30~12:00

11:30~12:00
   廣田龍平(筑波大学)
   「タマシイはどこに留まるのか―仮設住宅における手作り仏壇からみる死者との関係性―」

 

(2)会員総会 12:00~12:45

・事業報告
・会計報告ほか

ポスター

(3)年次大会シンポジウム 13:30~

円環する〈民俗学〉的知―学校教育と文化行政の現場から再考する―


発表者:
 伊藤純郎(筑波大学)「学校教育のなかの民俗学」
 蘇理剛志(和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課)「〈民俗学〉的知の活用と無形民俗文化財」
コメンテーター:
 島立理子(千葉県立中央博物館)
 俵木悟(成城大学)

趣旨:

 1990年代以降、学史の徹底的な読み直しのもと、民俗学は現実社会を認識/記述する方法を獲得しようとしてきた。例えば「民俗」「伝承」「郷土」「話者」といった諸概念や独特な言い回しに対し、その政治性や本質主義的な性質が指摘されている。そのような状況に対し、民俗学内部からの批判にも晒されているが、近接学問との差異化をうまく図れない状況が続いている。しかしその一方で、民俗学は様々な立場の人々と協働し交渉していくなかで、〈民俗学〉的知を構築してきた。学校教育や文化行政における民俗学的実践はその代表的なものであろう。
 しばしば、そこでの民俗学理解に対して批判がなされてきたが、こうした民俗学側の意図とは裏腹に、「民俗」「伝承」「郷土」といった言葉はいまだ魅力的かつ審美的な言葉として存在感をもっている。2006年の教育基本法の改正により、郷土文化や伝統文化を強調した条文が盛り込まれたことは記憶に新しい。また、ユネスコの世界遺産や無形文化遺産のような国際的な枠組みは加速度的に展開している。学問としての民俗学に留まらず、諸制度のなかで読み替えられて援用されている現状を省みると、学問的見直しと平行して、現実的な課題のなかから学知を広げる作業も急務なのではないだろうか。それはまさに現代社会に生きる人々が直面してきた課題に真正面から向き合わざるをえない、現場の実践知や民俗学観を民俗学内部に取り込むことにほかならない。
 「円環する〈民俗学〉的知」というテーマには、こうした民俗学がもつ混合性(hybridity)や多声性(polyphony)を踏まえ、多極的に広がる民俗学を横断する学知構築への思いを込めた。様々な状況、立場のなかで「私は~を民俗学している(doing folklore)」という事実から、まずは考えてみたい。
 民俗学的実践は様々な分野を横断し、多極的に展開するフィールドにおいてこそ社会的意義があろう。民俗学がさまざまな場で解釈・読み替えられている現状は、「民俗学をやっている我々」が民俗学を確実に獲得してきたことを担保している。ここで、しかじかの〈民俗学〉的知の獲得過程をみることで、先鋭的・実質的そして円環的な〈民俗学〉的知の構築に挑みたい。(文責 伊藤純・松岡薫)

伊藤純郎「学校教育のなかの民俗学」

 文部科学省が4月6日に検定結果を公表した中学校教科書では、東日本大震災についての記述が初めて全教科に掲載され、「日本の伝統と文化」に関する題材が大幅に増加した。
 東日本大震災の記憶を語り継ぐための重要テーマとされた「自助」「共助」「公助」「絆」、災害伝承と防災意識、震災後の伝統芸能、伝統文化の象徴として採りあげられた「和食」などの学習において、民俗学はどのようなメッセージを発信すべきか。
 児童・生徒が学校や地域社会のなかで学ぶ生活の知恵である「〈民俗学〉的知」について、教科書の記述と関連させながら、学校教育の観点から考えてみたい。

蘇理剛志「〈民俗学〉的知の活用と無形民俗文化財」

 以前、2012年に京都で開催した第16回研究会で、紀州東照宮の祭礼「和歌祭」の奉納芸能を復興し、実演者として祭りに参画することになったことについて話題提供した。
 この企ては、文化財保護施策の仕事としては当初からの目的ではなかった。文化財調査の過程において復興の可能性を見出し、いわゆる〈民俗学〉的知を援用して実現に動いたもので、現場での関わりの中から発想し生まれた、調査のオマケのような代物であった。実験的な取り組みだったが、オマケにはオマケのクオリティや楽しみが必要となり、楽しみを取り戻すことによって祭りの見せ物の一つとして今は定着している。
 文化財的な民俗行事の復興や考証には、〈民俗学〉的知の働きが必要であるが、こうした取り組みに民俗研究者が関わることが近年増えてきていると思う。それは、地域の深刻な現実に即した課題である場合も多い。こうして既存の仕事の中から現代に有益な視点を再発見し、何かしらの見識と社会的責任をもって人々に提案することも、パブリックサイドの民俗研究者の大事な仕事ではないだろうか。

コーディネーター
 伊藤純(早稲田大学人間総合研究センター研究員)、松岡薫(筑波大学大学院/中央大学校)

2015年度年次大会の開催に関するアナウンス

■個人研究発表の募集
 本会は2015年度年次大会における個人研究発表を企画しております。つきましては次の要領にて報告者のエントリーを募集します。ご熟読のうえ、よろしくご検討ください。

【概要】
日 時:2015年5月23日(土)
会 場:成城大学(予定)
概 要:
 一報告あたり質疑込み25分。MS-PowerPoint使用可。会員による共同発表可
 原則として日本語を使用言語とする。事前査読有り。発表要旨は2016年刊行予定の『現代民俗学研究』第8号に収録予定。

images/logo/wordimage2.jpg 【募集要項】
募集期間:2014年12月14日(日)より2015年2月13日(金)正午まで
提出方法:右のリンク先のエントリーシートに記入の上、発表要旨を添えてe-mailにて本会事務局まで送信して下さい。事務局で受信後、受領連絡をお送りしますが3日以上経過して返信がない場合にはエラーが生じている可能性がありますので、ご照会下さい。

【記入上の注意】
形 式:
 エントリーシート、要旨ともにMS-Wordを使用ソフトとし、.docもしくは.docx形式で作成。
 MS明朝など一般的な日本語フォントを使用。1200字程度とし、A4版横書きで1枚に納める。
 文頭に発表題目と氏名を入れる。エントリーシートへの記載内容と差異が生じないように留意する。
 要旨は査読の対象であるとともに、『現代民俗学研究』誌への収録原稿としても取り扱われます。要旨はエントリーシートと別個に作成し、特にファイルを統合する必要はありません。
 ただし両者が揃っていない場合、エントリーを受け付けることはできません。

【年次総会研究発表の査読要項】
  査読は次の要項に基づいておこなわれます。
■目的
 本大会における研究発表が学術研究にふさわしい高度な水準を保ちうるよう査読の制度をおく。
 査読は査読委員会が行うものとする。
■査読基準
 査読者は、査読の対象となる研究発表の要旨に対して、次の観点に基づき評価を行い、総合的判断に基づき発表の可否の判定を行う。
  1. 書式・様式が規定を満たしているか。
  2. 本学会の目指す三つの課題(先鋭化・実質化・国際化)に即した発表内容であるか。
  3. 十分な構想の下に練られた発表内容であるか。
  4. 既発表の内容でないか。

【採否】
 審査のうえ、2015年3月初旬までに採否をお知らせします。
【発表者の資格】
 発表はエントリーの時点において本会の会員であり、該当年度までの会費を完納している者に限られます。

現代民俗学会 運営委員選挙に関する公示

現代民俗学会会員各位
                            2014年3月18日
                           会長 小熊 誠
                      選挙管理委員長 武井基晃

       現代民俗学会運営委員選挙に関する公示

 第4期(2014年度・2015年度)運営委員選挙につきお知らせいたします。
 本会の現運営委員は来年度の年次大会(2014年5月開催)をもって任期を満了します。本学会の「会則」および
「選挙規定」に従い、年次大会にあわせて開催される総会で会員選挙を行ない、第4期運営委員13名を選任します。
 選挙は以下の要領で実施いたします。

               記

1.日程
  日 時:2014年(平成26年)5月18日(日) 10:00~
  場 所:お茶の水女子大学(東京都文京区)

2.選挙方法
 (1) 運営委員は選挙規定に従い、会員より規定の人数を選任する。なお投票は総会当日における会場での直接投票とする。
 (2) 会長は新任された運営委員の互選により選出する。

3.有権者
 (1) 選挙権および被選挙権は2014年4月1日現在で本会の会員であり、かつ前年度までの会費を完納している者が有するものとする。
 (2) 会則14条に定める連任規制に該当するものは、今回の選挙では被選挙権を有さない。

4.投票方法
 (1) 選挙管理委員会が作成した投票用紙を使用し、選出定数の13人に投票する。
   投票用紙は会場受付にて各自で配布を受け、記入後、所定の時間内に投票するものとする。
 (2) 選挙規定第5条に従い、以下の投票は無効とする。
   1)投票用紙に署名もしくは捺印したときは、全部無効とする。
   2)定数をこえて投票したときは、全部無効とする。
     その他の投票の効力については、選挙管理委員会の判断による。
 (3) 投票は年次大会の開場より開始し、シンポジウムの開始とともに一時的に締め切る。
   その後、シンポジウム中の休憩時間を再度の投票時間とし、シンポジウムの再開をもって投票を締め切る。

5.開票結果の開示
 (1) シンポジウム終了後の総会第2部において公表する。
   あわせて監査の選任を行う。
 (2) 運営委員に選任された者のうち、その場に居合わせない者については選挙管理委員会より連絡する。

                              以上

 なお選挙の実施に伴い、留意点として以下を補足いたします。
 (1) 本会会則、ならびに選挙規定については本会ウェブサイトにて確認いただけます。
 (2) 選挙権・被選挙権ともに会費の完納が条件となります。有権者名簿の確定との関係から、4月末日時点で会費に未納がある会員は、
  その後完納されたとしても選挙権が認められない場合があります。
  また会費を2年にわたり滞納した者は、会則8条にしたがい退会手続きにうつることとなります。


                   現代民俗学会・選挙管理委員会


2014年度年次大会

日 時:2014年5月18日(日)10:00~17:00
場 所:お茶の水女子大学 大学本館306室
 

(1)個人研究発表 10:00~12:00

10:00~10:30 第一報告
   姚※[※は王偏に京](神奈川大学歴史民俗資料学研究科)
   「祭祀儀礼の変化と持続 ―疫病退散儀礼を担う人々の視点から―」
10:30~11:00 第二報告
   櫻井知得(筑波大学人文社会科学研究科歴史・人類学専攻)
   「伝統工芸の現代的創作 ―「高崎だるま」を事例に―」
11:00~11:30 第三報告
   白松強(九州大学大学院人間環境学府人間共生システム専攻)
   「現代中国における文化遺産化による村落祭祀の変容―河北省武安市固義村の村祭「捉黄鬼」を事例として―」
11:30~12:00 第四報告
   小泉優莉菜(神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科)
   「長崎県生月島におけるかくれキリシタンの唄おらしょ―伝承と信仰観の変化についての一考察―」

 

(2)会員総会 12:00~12:45

・事業報告
・会計報告ほか

ポスター

(3)年次大会シンポジウム 13:30~17:00

「民俗誌はもういらない?―現代民俗学のエスノグラフィー論―」

場 所:お茶の水女子大学

発表者:
 川田牧人(成城大学教授)「それでもエスノグラフィーする人類学者の言い分」
 菅豊(東京大学教授)「民俗学における多様なエスノグラフィーへの挑戦」

趣旨:

 日本においてエスノグラフィーは、フィールドワークを基盤とした調査研究の成果を公表するメディア=民族誌として受けとめられる場合が多い。しかし、エスノグラフィーは本来、調査研究を行うフィールドの選定や研究対象の発見といった初期段階から、地域や人びとへのアプローチの方法、収集データの整理・分析法、さらに記述法、記述メディアの公開法といった最終段階までに至る、多局面に関わる研究行為の方法を総合的に捉える概念である。それは情報のインプットからアウトプットという研究プロセス全体と密接に関わっているが、しかし単なる情報収集の個別メソッド、あるいはテクニックではなく、フィールド科学を標榜する研究者の姿勢や感性、そして内在する問題意識なども問う全体的な「方法」なのである。
 民俗学では、このエスノグラフィーという言葉にはあまり馴染みがない。それよりも記述範囲が限定的なメディア=「民俗誌」という、かなり特殊な用語でエスノグラフィーに類するものを捉えてきた。かつて、1920年代にまとめられた爐邊叢書という珠玉の民俗誌シリーズは、その時代において手法的に独創的であり、斬新であり、個性的であり、そして挑戦的であった、と評価できるのだろうが、残念なことにその後、民俗学者によってそれは方法として高められることはなかったし、自覚的に継承されることもなかった―その現在的な価値や方法的可能性は未知数である―。また、1960年代末から始まり、1970~80年代に活発化し惰性化した自治体史という文化ドキュメンテーションの特殊な運動もまた、書かれたものの価値やその方法の有効性、あるいは限界性なども十分に吟味されていない。そうこうするうちに、自治体史は下火になり、また民俗誌という言葉を用いて研究する研究者は、もはやほとんどいなくなってしまった。たとえ民俗誌という言葉を使用したとしても、それは特段の意味のある表現ではない。その言葉には、「ただなんとなく」民俗学の書物や研究としての雰囲気を醸し出すだけの効果しかないのである。民俗誌は、もはやその力や価値を大きく減じてしまったようである…。
 一方、エスノグラフィー論は、人類学や社会学など、民俗学以外のフィールド科学において、ディシプリンの壁を越えた脱領域的な方法論的課題として長年共有され、またいまも新しい活力を求めてその可能性が共に追究され続けている。民俗学も、そろそろそのようなエスノグラフィー論と同期(シンクロナイズ)し、方法論的共有知を獲得し、新しい試みに挑戦しても良いのではなかろうか。
 「現代民俗学は、今後いかなる社会・文化叙述に向かうのか?」――本シンポジウムでは、学問の性格論争にまでつながりかねないそ,br>のような大問題を、パネリストの発話を糸口に、参加者が自身の経験をふり返り将来を展望する。(文責:川田牧人・菅豊)

川田牧人「それでもエスノグラフィーする人類学者の言い分」

 あえて挑発的に言えば、エスノグラフィーは現地資料収集の限定的ノウハウではない。むしろフィールドで何をいかにして見出したのかといったプロセスや、いかに特定の対象が重要性を帯びてたち現れてくるのかの認識論が記述内容にオーバーラップされるような類の、ある種の揺らぎをもった書き物である。
 このような書き物の特性は、1910年代、ほぼ時期を同じくしてフィールドワークの試みを展開していた柳田國男が、これでは時間が足りないと「あきらめたあとの構想のありよう」(関一敏「しあわせの民俗誌」『国立歴史民俗博物館研究報告』51、1993:320)として項目調査を組織化したのに対し、マリノフスキーはインテンシブ・フィールドワークにもとづくエスノグラフィーの方法を編み出したという歴史的シーンに、まずは見出すことができよう。現地の情報を収集する方法としては項目による網掛けが効率的だという発想は、「いくら時間があっても足りない」という柳田の嘆きを前提しなくても、当然えられる模範回答であろう。しかしエスノグラフィーは、逆に、あえてその効率性の方を当初からあきらめていたことになる。 第二の歴史的シーンとして、1984年のいわゆるサンタフェ・ショックにスポットがあてられる。ニューメキシコ州サンタフェで開催された民族誌記述をめぐるセミナーでの議論は邦訳も刊行されているが(『文化を書く』紀伊國屋書店、1986)、そこでの議論を経由して、客観的現地資料を収集する方法として、あるいは異文化の本質的他者性を無批判に表象する記述としてのエスノグラフィーには一定のペンディングが付されるようになった。エスノグラフィーはむしろ、対象についての主観的表象であるポエティクスと、現実の政治経済的背景を不可欠としたポリティクスとの狭間に生じる特殊なアプローチであるとされるようになったのである。
 このような試練を経てきたエスノグラフィーは、冒頭に述べたように、データ収集の方法としてのみではないとすれば何なのか。現在、それでもあえてエスノグラフィーするとすれば、それは何故なのか。発表ではとりわけ、サンタフェ・ショック以降のエスノグラフィー研究の再編成を、
(1)グローバル状況下におけるフローのエスノグラフィー(cf. マルチサイテッド・エスノグラフィー)、
(2)リフレクシブ・エスノグラフィー(cf. 応答とコミットメント)、
(3)ポスト世俗的エスノグラフィー(cf. マジック・リアリズムのエスノグラフィー)
といった近年の動向から探りつつ、人類学者はなぜあえてエスノグラフィーし続けるのか、その姿勢は、民俗誌からエスノグラフィーへの展開を構想する現代民俗学においていかなる意味があるのかを考えたい。

菅豊「民俗学における多様なエスノグラフィーへの挑戦」

 「民俗誌」という表現と存在は、すでに学問的に意義を失っている。いや、もともとそれは漠然と意義づけされ、価値ある存在として幻想されていただけにすぎないのかもしれない。「民俗誌」に被さる「民俗」という表現、そしてその概念自体が、社会や人間生活に立ち現れる文化現象の一部―伝承的な―しか、そもそも括り取れないという限界性を有しているが、その点からいえば、それだけを断片的に収集し、細部を記録し、書誌化する意義は、民俗学においてもっと真剣に検討されるべきであったはずである。しかし、そのような検討を抜きに、民俗を総覧するためにただ漫然とドキュメンテーションしてきた、というのが現実であろう。もっと酷い言い方をすれば、民俗学は単焦点的に文化を取り扱ってきたため、実際は総合的でマルチフォーカルなドキュメンテーションは、それほど多くは試みてこられなかったともいえる。
 いま、ここで議論しなければならないのは「民俗誌」の可能性や限界性ではない。いま大事なのは、民俗学研究者のフィールドでの研究姿勢や方法自体に関する議論である。どこで、誰の、何を、何のために調べ、どのように表現するのか?―このような一連の研究プロセスを根本から問い直すためには、「民俗誌」という「日本」民俗学特有のジャーゴンから解き放たれて、他のフィールド・スタディーズと対話可能性をもつ「エスノグラフィー」という表現に、少しくもたれかかってみることもあながち無駄ではなかろう。すでに多くの学問分野が、この問題に取り組んできたのであるから、民俗学独りが孤立を選択して別世界で奮闘する必要はないのである。
 エスノグラフィーに関し社会学者・藤田結子は、「英語の『ethnography』は調査方法論としての意味が強いが、日本語の「民族誌」は研究成果の意味が強い」とし、エスノグラフィー自体は「調査方法論であり、そのプロセス(過程)とプロダクト(成果)の両方を指すのである」(藤田結子他編『現代エスノグラフィー―新しいフィールワークの理論と実践』、新曜社、2013:21)とする。このような考えのもと、社会学や文化人類学を中心とするさまざまなフィールド・スタディーズにおいて、どこで、誰の、何を、何のために調べ、どのように表現するのかという全体的なエスノグラフィー論が展開され、多岐にわたるエスノグラフィーの方法が提示されている。
 本発表では、すでに種々の分野で試みられている多様なエスノグラフィーの方法のいくつかを取り上げ、これからの民俗学における応用可能性を検討したい。とくにここで注目するのは(1)マルチサイテッド・エスノグラフィー、(2)オートエスノグラフィー、(3)コラボラティブ・エスノグラフィーという、私自身も試み、また試みようとする方法である。(1)では、あたりまえ過ぎるほどに進行した文化のグローバル化状況への民俗学の対応を検討し、(2)では民俗学の再帰的あり方を自覚的に問い直し、(3)では民俗学の現代的な存在意義ともいえる「新しい野の学問」としての性格を模索するものである。
 このようなエスノグラフィー論は、単なる民俗学の研究手法の基本的な検討作業にとどまるのではなく、民俗学の「学」としての性格を根本から問い質す作業にまで敷衍されなければならない。

コーディネーター
 菅豊、塚原伸治(東京大学特任研究員)

2014年度年次大会の開催に関するアナウンス

■個人研究発表の募集
 本会は2014年度年次大会における個人研究発表を企画しております。つきましては次の要領にて報告者のエントリーを募集します。ご熟読のうえ、よろしくご検討ください。

【概要】
日 時:2014年5月18日()午前
会 場:お茶の水女子大学
概 要:
 一報告あたり質疑込み25分。MS-PowerPoint使用可。会員による共同発表可
 原則として日本語を使用言語とする。事前査読有り。発表要旨は2015年刊行予定の『現代民俗学研究』第7号に収録予定。

images/logo/wordimage2.jpg 【募集要項】
募集期間:2013年12月1日(日)より2014年2月14日(金)24時まで
提出方法:右のリンク先のエントリーシートに記入の上、発表要旨を添えてe-mailにて本会事務局まで送信して下さい。事務局で受信後、受領連絡をお送りしますが、3日以上経過して返信がない場合にはエラーが生じている可能性がありますので、ご照会下さい。

【記入上の注意】
形 式:
 エントリーシート、要旨ともにMS-Wordを使用ソフトとし、.docもしくは.docx形式で作成。
 MS明朝など一般的な日本語フォントを使用。1200字程度とし、A4版横書きで1枚に納める。
 文頭に発表題目と氏名を入れる。エントリーシートへの記載内容と差異が生じないように留意する。
 要旨は査読の対象であるとともに、『現代民俗学研究』誌への収録原稿としても取り扱われます。要旨はエントリーシートと別個に作成し、特にファイルを統合する必要はありません。
 ただし両者が揃っていない場合、エントリーを受け付けることはできません。

【年次総会研究発表の査読要項】
  査読は次の要項に基づいておこなわれます。
■目的
 本大会における研究発表が学術研究にふさわしい高度な水準を保ちうるよう査読の制度をおく。
 査読は査読委員会が行うものとする。
■査読基準
 査読者は、査読の対象となる研究発表の要旨に対して、次の観点に基づき評価を行い、総合的判断に基づき発表の可否の判定を行う。
  1. 書式・様式が規定を満たしているか。
  2. 本学会の目指す三つの課題(先鋭化・実質化・国際化)に即した発表内容であるか。
  3. 十分な構想の下に練られた発表内容であるか。
  4. 既発表の内容でないか。

【採否】
 審査のうえ、2014年3月初旬までに採否をお知らせします。
【発表者の資格】
 発表はエントリーの時点において本会の会員であり、該当年度までの会費を完納している者に限られます。

2013年度年次大会

日時:2013年5月11日(土)10:00~17:00
場所:お茶の水女子大学 大学本館306教室
・当日のお茶の水女子大学では日本哲学会の研究大会が開催されているため、若干の混雑が予想されます。
・本会の総会会場は大学正門より入っていただき、右手に進んだ棟の3階奥手になります。当日は案内板等を用意する予定ですが、左手奥や2階の一部は日本哲学会の会場となりますのでご注意ください。

 

(1)個人研究発表 10:00~12:00

10:00~10:30 第一報告
   王新艶(神奈川大学歴史民俗資料学研究科)
   「現代化における華北農村の伝統的な家族観の変遷 ―山東省の旧暦10月1日の「鬼節」の祖先祭祀を事例に―」
10:30~11:00 第二報告
   胡艶紅(筑波大学人文社会科学研究科)
   「「七月半」祭礼における神・祖先・死者 ―中国太湖流域における大型漁船漁民の事例を中心に―」
11:00~11:30 第三報告
   辻本侑生(筑波大学人文・文化学群人文学類)
   「高度経済成長期の焼畑山村における消費生活 ―複合生業と失業保険―」
11:30~12:00 第四報告
   石川俊介(名古屋大学大学文学研究科博士研究員)
   「誰が「民俗行事」を継承するのか ―富山県南砺市城端の盤持(ばんぶち)大会を事例として―」

 

(2)会員総会 12:00~12:45

・事業報告
・会計報告ほか

 

(3)年次大会シンポジウム 13:30~17:00

サンプル  

「高度経済成長期における食生活の変貌」

場 所:お茶の水女子大学本館306教室

発表者:
 表 真美(京都女子大学)「食生活と家族だんらん」
 西野 肇(静岡大学)「家電製品の普及と生活変化」
 村瀬 敬子(仏教大学)「料理とメディア」

趣旨:

 これまで民俗学における食文化の研究は、農山漁村に伝えられてきた食の素材や調理の仕方、儀礼食などの研究が中心であった。市町村史に報告されている食習調査や農文協から出版された『日本の食生活全集』などはその代表例である。また、戦後の生活改善運動における食事指導や共同炊事などによる食生活の変化に注目する研究が進められてきた。近年では、郷土食あるいは家庭の味に関する批判的研究もみられる。とはいえ、儀礼食や農村の食生活の変化に関する研究が主流であり、高度経済成長期の日常食や都市部における食生活の実態についてはほとんど調査、研究がなされてなかった。現在の大多数の人々の「日常」に民俗学は無関心だったかのようである。
 高度経済成長期は、経済成長もそうであるが家電製品の生活への浸透、生活様式の洋風化が進んだ時期である。かつて民俗調査の主たる研究対象であった民具ではなく家電製品が生活の中心となっていく時期である。生活の変化に関して、民俗学では生活改善普及事業に着目する研究があるが、家電製品の普及や生活様式の洋風化は、生活改善運動の結果というよりも、NHK「今日の料理」に代表される料理番組や各種婦人雑誌のレシピ・料理本というメディア、それらに加えテレビドラマなどを通じて洋風料理や家電製品に囲まれる生活への生活者の憧れ・欲望からの影響の方が大きかったのではないかと推測される。
 本シンポジウムにおいては、高度経済成長期における食生活の変貌について、食物の冷蔵保存を可能にした電気冷蔵庫の普及の特徴と食生活の変化、および女性と食の関わり方の変化などについて考えていくことを目的とする。そして、食生活研究における民俗学的アプローチの有効性と課題についてあらためて考えてみることとしたい。

コーディネーター
宮内貴久(お茶の水女子大学)、関沢まゆみ(国立歴史民俗博物館)

■共催:お茶の水女子大学比較日本学教育研究センター

2013年度年次大会の開催に関するアナウンス

■個人研究発表の募集(2013年2月15日まで締切を延長しました)

 本会は2013年度年次大会における個人研究発表を企画しております。つきましては次の要領にて報告者のエントリーを募集します。ご熟読のうえ、よろしくご検討ください。

【概要】
日 時:2013年5月11日(土)午前を予定。
会 場:お茶の水女子大学にて開催予定
概 要:
 一報告あたり質疑込み25分。MS-PowerPoint使用可。会員による共同発表可
 原則として日本語を使用言語とする。事前査読有り。発表要旨は2014年刊行予定の『現代民俗学研究』第6号に収録予定。

images/logo/wordimage2.jpg 【募集要項】
募集期間:2012年11月19日(月)より2013年2月15日(金)24時まで
提出方法:右のリンク先のエントリーシートに記入の上、発表要旨を添えてe-mailにて本会事務局まで送信して下さい。事務局で受信後、受領連絡をお送りしますが、3日以上経過して返信がない場合にはエラーが生じている可能性がありますので、ご照会下さい。

【記入上の注意】
形 式:
 エントリーシート、要旨ともにMS-Wordを使用ソフトとし、.docもしくは.docx形式で作成。
 MS明朝など一般的な日本語フォントを使用。1200字程度とし、A4版横書きで1枚に納める。
 文頭に発表題目と氏名を入れる。エントリーシートへの記載内容と差異が生じないように留意する。
 要旨は査読の対象であるとともに、『現代民俗学研究』誌への収録原稿としても取り扱われます。要旨はエントリーシートと別個に作成し、特にファイルを統合する必要はありません。
 ただし両者が揃っていない場合、エントリーを受け付けることはできません。

【年次総会研究発表の査読要項】
  査読は次の要項に基づいておこなわれます。
■目的
 本大会における研究発表が学術研究にふさわしい高度な水準を保ちうるよう査読の制度をおく。
 査読は査読委員会が行うものとする。
■査読基準
 査読者は、査読の対象となる研究発表の要旨に対して、次の観点に基づき評価を行い、総合的判断に基づき発表の可否の判定を行う。
  1. 書式・様式が規定を満たしているか。
  2. 本学会の目指す三つの課題(先鋭化・実質化・国際化)に即した発表内容であるか。
  3. 十分な構想の下に練られた発表内容であるか。
  4. 既発表の内容でないか。

【採否】
 審査のうえ、2013年3月初旬までに採否をお知らせします。
【発表者の資格】
 発表はエントリーの時点において本会の会員であり、該当年度までの会費を完納している者に限られます。

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2012年度年次大会(終了)

日時:2012年5月26日(土)10:00~18:00
場所:成城大学 321教室
 

(1)個人研究発表 10:00~11:30

10:00~10:30
   中里 亮平(長野大学非常勤講師)「現代社会における「地域」の概念に関する考察」
10:30~11:00
   東城 義則(総合研究大学院大学 文化科学研究科)「鹿を寄せ集める技法 ―「鹿寄せ」の担い手と鹿との関係をめぐって―」
11:00~11:25
   林 圭史(筑波大学人文社会エリア支援室)「民俗行事の〈担い手〉に関する一考察 ―対立が育てる地区の行事―」

 

(2)会員総会(第一部) 11:30~12:30

・事業報告
・会計報告
・監査選出

 

(3)年次大会シンポジウム 13:30~17:00

サンプル  

「民俗学的〈技法〉の構築を目指して ―方法としてのナラティヴ」

登壇者:
 足立 重和(追手門学院大学)「語りとリアリティ研究の可能性 ――社会学と民俗学の接点から」
 法橋 量(慶応義塾大学)「『日常の語り』と『語りの日常』 ―ドイツ民俗学におけるオーラリティ」
 門田 岳久(立教大学)「〈対話〉のパフォーマティヴィティ ―民俗学における3つのナラティヴ」

趣旨:

 本シンポジウムでは、日本の民俗学における「方法としてのナラティヴの構築」を志向、模索する。近年民俗学でもオーラリティやナラティヴに関する議論が徐々に増加しているが、これを民俗学の一つの「ジャンル」として再定位する動きとして矮小化するのではなく、民俗学全体の認識に関わる議論へと結びつけていく必要がある。というのも1960年代以降の日本の民俗学では、歴史学との関係が強調されてきたことにより、聞き書きによるオーラル・データの扱いが、あたかも文書資料を補うもののように扱われ、かつ聞き書きという手法も、何かしらの「事実」を探る手段としてしか捉えてこなかった経緯があるからだ。オーラルなナラティヴはあくまで主観的な発話や言説にすぎない。にも拘らずそれを方法的に深化させずにきたことが、いつまでも「歴史補助学」として周辺に置かれることに甘んじる特異な構造をもたらしてきた。またナラティヴは歴史的な「事実」を保証できるものではないにも拘らず、その資料的吟味もないまま補完的な「事実」を示そうと、未だに科学的に極めて危うい資料操作がなされ続けているのが現状である。ナラティヴという技法を捉え直すことは、民俗学に底流するこうした問題を根本的に再考することになるだろう。
 本シンポジウムでは、社会学の立場からナラティヴを機能的側面から捉え新たな視界を拓きつつある足立重和氏、ドイツ民俗学におけるナラティヴ研究に詳しい法橋量氏を登壇者に招く。法橋氏の報告するドイツ民俗学では、「日常の語り」に関する研究蓄積が従前の語り研究(≒口承文芸研究)を超え、形式・機能・意識などの関係性を問い、ナラティヴ自体を文化として対象化させるレベルにまで方法的深化を遂げている。また足立氏はインフォーマントのモノローグ的な語りのみならず、地域おこしや環境保全問題など、ローカル・ガバナンスの現場における対話的なナラティヴにまで視野を含めた手法を提唱している。さらに門田岳久氏がもう一人の登壇者として、生活史研究における「経験的語り」概念や口承文芸研究で独自に展開されてきた「語り手」研究を再考しつつ、ナラティヴに関する近年の議論を日本の民俗学へと文脈化させる作業を行う。
 以上の登壇者を中心に、本シンポジウムでは、民俗学にとってナラティヴとは何か、また人が何かを物語るという行為とは何かを問い直し、「聞き書き」という調査手法や、民俗学がこれらに着目してきた意義を、民俗学におけるひとつの有効な「方法」として定位させることを目指している。


■共催:科研基盤(B)「民俗学的実践と市民社会―大学・文化行政・市民活動の社会的布置に関する日独比較」

 

(4)会員総会(第二部)17:30~18:00

  ・開票結果報告

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2011年度年次大会(終了)

日時:2011年5月21日(土)10:00~18:00
場所:成城大学 321教室
 

(1)個人研究発表 10:00~12:00

10:00~10:30
   松岡 薫(筑波大学大学院 人文社会科学研究科)「芸能の形成における外来者の存在 ―祭りに出演する芸人たちとの関わりから―」
10:30~11:00
   後藤 知美(筑波大学大学院 人文社会科学研究科)「旅館業の実態と変化にみる「もてなし」 ―島根県大田市温泉津町温泉津地区の事例から―」
11:00~11:30
   前川 智子(筑波大学大学院 人文社会科学等支援室 歴史・人類学専攻)「グローバル化とフランスの民族学」
11:30~12:00
   蔡 亦竹(日台文化経済協会 青年委員会長)「「キモチ」が如何に満足されたか ―台湾南部の選挙民俗―」

 

(2)会員総会(第一部) 12:00~12:45


サンプル  

(3)年次大会シンポジウム 13:30~17:00

 

「政治・世相・公民の民俗学」

登壇者:
 室井 康成(東京大学)「『文明の政治』の地平へ ―福沢諭吉・伊藤博文・柳田国男」
 大塚 英志(神戸芸術工科大学)「『公民の民俗学』は可能か」
コメンテーター:
 菊地 暁(京都大学)
コーディネーター:
 室井 康成(東京大学)・門田 岳久(日本学術振興会

趣旨:

 1990年代半ばに「民俗学斜陽論」を示されて以来、民俗学界では調査すべき「民俗」の消滅であるとか、民俗学に対する社会的需要の減少といったことを嘆く声が多く聞かれるようになりましたが、そうした悲観的言説が説得力をもつ一方、マスメディアや一部の研究者の活動によって、近年の民俗学はあたかも過去の世界への憧憬を誘う語り部のごとく奇妙な存在感を発揮しています。しかし限りなく静的で歴史的な存在である「民俗」を審美化し、現在の日本社会を覆う表層的・ロマン主義的な伝統志向を学問的立場から補完することは、「眼前の疑問」に応えるというリアリズムを持った草創期の民俗学者の志とは、対局の方向を向いていると言わざるを得ません。
 「眼前の事実」と言っても一様ではありませんが、貧困・自殺・格差社会・国際紛争など、今日でもニュースとして流れる社会的現実―それは世相と呼んでも良いでしょう―は、草創期の民俗学において重要な研究対象でした。それらは概して「政治」により結果を来たした事象であるとも言え、その意味においては、当初の民俗学研究は、同時に政治研究であったとも言えます。民俗学の耐用年数の超過を嘆く論者は、しばしば民俗学のアカデミズム化の過程にその有用性の衰退の要因を求めますが、それは単にアカデミズムに組み込まれたことよりも、現実社会の世相や「政治」と向き合う努力を忘却したからではないでしょうか。
 このような課題に取り組むには、「政治」に対する眼差しを取り戻すことで、現代社会に対する民俗学のアクチュアリティーを高めることが必要であると考えられます。そこで本シンポジウムでは、世相や社会思想を分析する科学としての民俗学、現実政治に取り組む実践的分野としての民俗学という、戦後の民俗学界では半ば忘却された民俗学の姿を、学史や発表者の実践の中から探ることを試みます。
 登壇者として、『公民の民俗学』をはじめとした著作で、柳田国男・千葉徳爾などの思想から政策科学としての民俗学という視点を再考し、近年では戦後日本における民主主義や憲法の問題に取り組んできた大塚英志氏と、『柳田国男の民俗学構想』などの著作を通し、初期民俗学が、大正デモクラシーや普通選挙法施行と連動する形で、事大主義を払拭し自律した考えを持つことのできる「公民」を養成するために構築された、との見解を示す室井康成氏、更にコメンテーターとして、『柳田国男と民俗学の近代』において民俗学的営為の持つ政治性や思想的背景を明らかにしてきた菊地暁氏を迎え、「政治と民俗学」の可能性について議論を行いたいと思います。


室井 康成 「「文明の政治」の地平へ ―福澤諭吉・伊藤博文・柳田国男―」

【要旨】
 明治維新以後、わが国が近代化の歩みを進めてゆく上で、多くの思想家が克服すべき課題として認識したものが、「民俗」であった。この語が牧歌的な、保護・顕彰すべき何やらありがたい事象を指すものとしての意味合いを特に強めたのは、前代の「原風景」が大掛かりに改変された戦後であろう。そして「民俗」を研究の俎上に載せてきた多くの研究者もまた、「民俗」をそのようなものとして認識してきたと言える。とくに戦後の民俗学では、「民俗」の「負」の部分がほとんど等閑に付されてきたと言ってよい。だが柳田国男が斯学を構想した段階では、この「負」の側面こそが、学問的に問われなければならない喫緊の課題であった。なぜなら、それは「個」人の発揚を妨げる弊風と捉えられていたからである。
 柳田のそうした方向性は、彼独自の思想に依って示されたものではない。そこに至るまでには、「信の世界に偽詐多し」として、前代的思考のあり方を否定した福澤諭吉をはじめ、人々の欲望や情実に訴えて人気を博そうとする「政談」を嫌った伊藤博文など、多くの先人たちの思想的下地があった。彼らの目指すところは、人間の「個」が保障された社会であり、また一部の支配層に大多数の国民が統御される前代的な政治構造を脱却し、個々の国民の意思により運用される政治体制の構築である。福澤の言葉を借りれば「文明の政治」の実現ということになる。だが、マスメディアにより仕立て上げられた人気政党への大量投票や、災害時の風評への妄信などといった人々の行動様式を見ると、明治の先人らが乗り越えようとした課題は、今日においてもなお未決のままである。
 この発表では、福澤以降、識者の間で「民俗」がいかに政治課題として捉えられていたのかを跡付ける。そして、柳田による民俗学構想もまた、そうした思想的潮流の延長線上にあり、それは「民俗」に拘泥されない自律的な思考力を具備した「公民」を育み、日本に真っ当な民主主義を根付かせるための、言わば知の運動であったとの仮説を提示し、あわせてその現代的意義について考えてみたい。


大塚 英志 「「公民の民俗学」は可能か」

【要旨】
 仮に柳田國男は田山花袋の追悼文の中で、彼が花袋と共有したはずの「自然主義運動」を「個々の実験者が、各自の分担した部分をありのままに報告」し、その上で「協力して新なる人生観を組みたてる」ための「文芸」の「改変」の試みであったと総括した。柳田には書き方、話し方としての「文学」をある種の公共性形成のツールとしてつくりあげていこうという志向があり、そのような言語技術に担保されて初めて民主主義システムを運営しうる「選挙民」が可能になると考えた。仮にそのような理念が柳田にあったとして、それでは「公共的なことば」はいかに「個々の実験者」から立ち上がっていくのか。その具体的実践として、大塚の関わった「中高生に憲法前文を書かせる試み」と「イラク自衛隊派兵差し止め訴訟」の二つの運動について問題点を含めて自省的に検証してみたい。


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2010年度年次大会(終了)

日時:2010年5月22日(土)10:00~18:00
場所:成城大学 321教室
 

(1)会員総会 10:00~11:30


サンプル 

(2)年次大会シンポジウム 13:30~17:30

 

「21世紀の民俗宗教論 逸脱と差異のフィールドへ」

登壇者:
 真野 俊和(日本民俗学会会員)「演劇する宗教 ―四国遍路の役柄理論―」
 関根 康正(日本女子大学)「現代民俗における宗教共同体という代価 ―フォークロアをめぐる表象(パッケージ化)と表現(ストリート化)―」
コメンテーター:
 好井 裕明(筑波大学)
司会:
 島村 恭則(関西学院大学)
コーディネーター:
 石本 敏也(聖徳大学)

趣旨:

 近代知識人の見通しとは裏腹に、21 世紀の今日において「宗教的なるもの」は衰退するどころかむしろ活性化し、アクチュアルなものとして我々の眼前に存在しています。このことには明らかにグローバリゼーションによる異文化接触の拡大が影を落としていますが、こうした状況下、民俗宗教論が果たすべき役割はますます大きなものとなっています。
 このような現代的背景をもとに、今回のシンポジウムで問いたいのは 21 世紀にふさわしい民俗宗教論をいかに構築するか、という問題です。周知のようにこれまで民俗学は宗教をしばしば民俗文化と同一視、もしくはそれらとの親和性において問うてきました。このことは同時代を見通すにあたって功罪の両面がみとめられます。すなわち「功」とは宗教を思想や教団としてではなく、あらゆる人々がさまざまなかたちで生きる現実として主題化する、という構えにあり、その意義は無数のライフスタイルが隣り合わせに共存する現代においてもまったく減じることはありません。他方で「罪」とは生活世界との親和性を強調するあまり、日常をいわば超脱し、時に破壊してゆくような契機を取りこぼす点にあります。ことに現代宗教のボーダーレスな活動や新興宗教の沸騰、思想的先鋭化による原理主義への転化、はたまた宗教を根拠とする社会対立といった現代的状況について、民俗学にはほとんど準備がない状況といえるでしょう。言いかえれば、民俗学の宗教研究のこれからは、これまでの蓄積を最大化しつつ、いかに眼前の 21 世紀世界を主題化しえるかにかかっています。
 本シンポジウムでは、この目的のために「逸脱」と「差異」という視点からの議論の方向性を提示したいと考えます。これは現状を批判し革新していくような宗教の力への注視と、生活世界に編み込まれた異質さそのものの対象化を目指す試みということができます。民俗宗教論の基礎づけに関する議論が滞留してすでに久しい状況ですが、宗教をめぐる考察の現在においてこそ重く、かつ急がれねばならないことは疑いえません。このシンポジウムがそのための対話の着火点となることを願います。
 このシンポジウムにお招きする真野俊和氏が数多くの研究によって論じてきたのは、生活世界に在ってそれらと交渉しつつも、同時にたえずそこから逸脱していくような人々の存在でした。かくある逸脱する宗教者たちが一般社会とむすんだ関係とは、尊敬や崇拝から警戒、敵意にいたるまでおよそ一様ではなく、影響力も様々でした。しかし、ときに歴史上の宗教運動として発露したように、人々に潜勢する渇望と表裏一体の関係にあることは疑いえません。このように日常と逸脱、差異と救済をともに視野にする氏の民俗宗教のモチーフは、画一化と多様化という相矛盾する性格に特徴づけられた現代のライフスタイルを根本的に問い返していくにあたって、有効な枠組みとなりうるのではないでしょうか。
 つぎにお招きする関根康正氏は、現代インドをフィールドに、いままさに大きなうねりのなかにある宗教運動の現場に立ち、単純化に抗しながら、人々の生へとアプローチする試みを実践しつづけている人類学者です。近著において氏は宗教対立を正面から見据え、「宗教」を人々を動員し境界線を生み出していくものとして位置づけつつ、逆にまた同時に宗教の現場には共同性をみちびき、対立を解体していく契機がはらまれていることを示し、その両義的なダイナミズムへの注視を促しています。また近年ではこのような問題を「ストリート」概念から再構成し、議論を多くの研究者へとひらきながら、同時代の主題化に挑み続けています。
 そしてコメンテーターとして社会学者の好井裕明氏をお招きしたのは、21 世紀とは、「国家」や「民族」といった、これまで自明であった集合性が融解し、多様なライフスタイルがモザイクのように共存する時代となるだろう、という見通しと関わっています。「政治性」批判を想起するまでもなく、いま民俗学に求められているのは静的・固定的な共同性にとらわれず、人のつながりを根底から捉えかえすための思考であり、それは民俗宗教論でも同じであるでしょう。このとき「社会」を差異化と排斥、抵抗と逸脱がたえず働きつづける生活世界のうごめきとして捉えようとするエスノメソドロジーという手法に教わることは少なくないといえます。根本的な問いやキーワードの提起を期した報告を迎えるにあたり、氏には第三の視点からの見解を求め、議論の実質化への助力をたまわりたく考えます。


真野 俊和 「演劇する宗教 ―四国遍路の役柄理論―」

【要旨】
 「役割」と「役柄」はよく似た言葉である。しかし社会的文脈のもとではおよそ正反対をむいているといってよい。前者は社会がシステムとして機能するために重要な意義をもつと考えられてきた。ところが後者はむしろ社会的日常からの逸脱に大きな特徴がある。そして民俗学がかねて論じてきたように、文化は逸脱という局面と無縁ではいられない。たとえば巡礼を論じるにあたっても、その非日常性、つまり日常からの逸脱が常に主題化されてきた。私は本シンポジウムで、四国遍路を舞台に様々な「役柄=逸脱」を演じる人々について語ろうと思う。そして実をいえば、ひとたび「役柄」という側面に視野が開かれた時、文化論は新しい相貌を呈するはずである。


関根 康正 「現代民俗における宗教共同体という代価 ―フォークロアをめぐる表象(パッケージ化)と表現(ストリート化)―」

【要旨】
 フォークロアは日常生活を生きる知恵の集積である。それは生きられた動的なものであることを本質に有する。フォークロアは他性を包含するダイナミズムを内包している。そのダイナミズムは、社会で生産され流通する支配的な表象を逆手に取るように元手にした表現行為と考えられる。その主語は個人であるが、個人は共同体と無縁ではいられない。個人は共同体であるとともにそこからのブレを生産する存在でもある。
 現代世界は、個人の意識において、少なくとも民族と宗教が「類化のマジック」を引き起こしやすい時代を迎えている。人にはパン(経済的保障)が必要である。パンがあればないよりも世界と自分の関係を見るとき余裕が生まれる。しかし、人はパンのみでは生きられない。人はアイデンティティを求め、エロスの高度化を試み続ける。そこに民族と宗教が召喚される。つまり再帰性を強める現代世界を生きる人々にとっての容易ならざる問題は、経済問題もからまりながら、人々がアイデンティティを求めて彷徨っていることである。現代民俗は、フォークロアの本質を貫く、この未踏の領域への挑戦の軌跡になるはずである。

 

(3)会員総会(第二部)17:30~18:00


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2009年度年次大会(終了)

日時:2009年5月23日(土) 10:00~17:00
場所:成城大学 321教室
 

(1)会員総会 10:00~11:30


 

(2)年次大会シンポジウム 13:30~17:30

 

「アメリカ民俗学の社会史 ―日本民俗学への提言―」

登壇者:
 小長谷 英代(長崎県立大学)「アメリカ民俗学における『伝統』 ―近代のパラダイム―」
 平山 美雪(立命館大学・非常勤講師)「アメリカ民俗学における『パフォーマンス』研究の政治性と有効性」
 及川 高(筑波大学大学院)「アメリカ民俗学は何をみせてくれるのか? ―悪石島の仮面神を事例に二つの民俗学の差異をさぐる―」

趣旨:

 現在の日本の民俗学は、他国のMINZOKUGAKUと比べて、海外と交流し、その知見を吸収することにあまりにも消極的です。1950~60年代には、一定程度、海外の研究方法が論じられ、また、欧米を含む世界各国の民俗学が紹介されていましたが、1970年代には、海外への関心は薄まり、海外を取り扱ってもそれは研究の方法論ではなく、研究素材のみが紹介されるだけにとどまりました。さらに、1980~90年代には、海外といってもアジア研究に関心が限定されてしまいました。ここ数十年来続く日本の民俗学を取り巻く閉塞感や沈滞感は、ひとつにこのような海外との学問的な没交渉に起因しているものであるといえるでしょう。  日本の民俗学は、学問としてあまりにも「井の中の蛙大海を知らず」になってしまいました。いま、私たちは日本の民俗学が孕む問題点を顕在化させ、それを克服するために、海外のMINZOKUGAKUを深く理解し、それと日本の民俗学と対照して、新しい方向性や有益な観点を吸収することに、もっと積極的にならなければなりません。 本シンポジウムでは、アメリカでMINZOKUGAKUを学ばれたお二人に、「アメリカ民俗学の社会史―日本民俗学への提言」と題して、アメリカ民俗学の論点や研究を繙きながら、日本民俗学の新しい展開を促す問題提起をしていただきます。具体的には、個々の社会・政治的状況が、どのように「民俗」や 「伝統」、「パフォーマンス」などの研究の展開を促進したのかという問題を、検討します。この問題提起は、まさに他山の石として、日本の民俗学を展望しなおす大きなきっかけとなるでしょう。 (趣意:菅豊)


小長谷 英代 「アメリカ民俗学における『伝統』―近代のパラダイム―」

【要旨】
 「伝統」はアメリカ民俗学において領域形成以来、「フォークロア」を定義付けてきた中心的概念の一つである。特に1980年代以降、民俗学的理論・実践に対するポストモダン的批判や内省が高まる中で、「伝統」の再考は領域の主要な課題となり、「伝統」への従来の自然主義的アプローチは大きく転換されている。アメリカ民俗学は「伝統」をどのような状況で、どのように論じてきたのか。本報告では、アメリカ民俗学における「伝統」の言説を、進歩、変革、個人等、アメリカ近代思想の論点とその歴史的、社会的脈絡にとらえ、「伝統」概念の特殊性、曖昧性、構築性を明らかにしていく。民俗学は社会や時代に特有の知の形勢に構築されるのであって、したがって本報告では、民俗学が一国内の議論に固執、埋没せず、国際的議論を通して概念・理論の意味や価値を相対化し、理解を深めていくべく提言していきたい。


平山 美雪 「アメリカ民俗学における『パフォーマンス』研究の政治性と有効性」

【要旨】
 「伝統」はアメリカ民俗学において領域形成以来、「フォークロア」を定義付けてきた中心的概念の一つである。特に1980年代以降、民俗学的理論・実践に対するポストモダン的批判や内省が高まる中で、「伝統」の再考は領域の主要な課題となり、「伝統」への従来の自然主義的アプローチは大きく転換されている。アメリカ民俗学は「伝統」をどのような状況で、どのように論じてきたのか。本報告では、アメリカ民俗学における「伝統」の言説を、進歩、変革、個人等、アメリカ近代思想の論点とその歴史的、社会的脈絡にとらえ、「伝統」概念の特殊性、曖昧性、構築性を明らかにしていく。民俗学は社会や時代に特有の知の形勢に構築されるのであって、したがって本報告では、民俗学が一国内の議論に固執、埋没せず、国際的議論を通して概念・理論の意味や価値を相対化し、理解を深めていくべく提言していきたい。


及川 高 「アメリカ民俗学は何をみせてくれるのか? ―悪石島の仮面神を事例に二つの民俗学の差異をさぐる―」

【要旨】
 トカラ列島・悪石島において盆の終わりに出現する仮面神・ボゼに関し日本民俗学が論及したことは一度ではない。それらの研究はそれぞれに成果としての意義を認めることはできようが、ただその枠組みが今日の悪石島にある現実の人々の営みをどれほど十分に描きえているのか、と問うとすれば、それは疑問なしとはしえない。ではこのときアメリカ民俗学の枠組みに従うとすれば、どのようなことがみえるのであろうか? これが本報告の問いである。このとき浮かび上がってくるのは、真正な伝統/観光による汚染、民俗宗教/娯楽イベント、島民の共同体/外部からの来訪者・・・・・といった二項対立によって捌くのではない民俗文化への視座といえる。本報告はフィールドの分析に基づき、日米の二つの民俗学の差異を探ることでアメリカ民俗学のポテンシャルを具体的に示すとともに、それらとの接合の筋道を事例から模索してゆくことを趣旨としたい。


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