現代民俗学会The Society of Living Folkloreは民俗学に関心をもつ多様な人々で構成され、定期的な研究会の開催と『現代民俗学研究』誌の刊行を主な事業として民俗学の尖鋭化・実質化・国際化に取り組んでいます

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本会が定期的に開催している研究会のご案内です。

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第38回研究会(予告) 東アフリカ・ウガンダのフォークロアと文化遺産―文化遺産として承認されるフォークロア/承認されないフォークロア―

日 時: 2017年9月2日(土)14:30~17:00(予定)
会 場: 神戸大学国際文化学研究科(鶴甲第1キャンパス)中会議室A403

発表者:
 プリンス・ジョセフ・ムロンド(サー・エドワード・サファリ・リミテッド)
 「カスビの墓の復興現状と世界遺産指定から得たもの/そこなわれうるもの」
マイケル・オロカ=オボ(ワールド・ヴィジョン・ウガンダ)+ 梅屋潔 (神戸大学)  
 「パドラにおけるウィッチクラフトと呪詛―決して保護されることのない伝統的無形文化」

プログラム:
  • 14:30~14:40 趣旨説明:梅屋潔(神戸大学)
  • 14:40~15:20 報告1:プリンス・ジョセフ・ムロンド(サー・エドワード・サファリ・リミテッド)
  •   「カスビの墓の復興現状と世界遺産指定から得たもの/そこなわれうるもの」
  • 15:20~16:00 報告2:マイケル・オロカ=オボ(ワールド・ヴィジョン・ウガンダ)+ 梅屋潔 (神戸大学)
  •   「パドラにおけるウィッチクラフトと呪詛―決して保護されることのない伝統的無形文化」
  • 16:00~16:15 休憩)
  • 16:15~16:30 コメント:島村恭則(関西学院大学)
  • 16:30~17:00 総合討論

  • コーディネーター:梅屋 潔

  • 趣旨:

     東アフリカのフォークロア研究は、人類学、社会学などと連携しつつ複雑な経緯をたどっている。とくに人類学は植民地主義との関連で批判され、フォークロアに看板を掛け代えている場合すらある。
     今回は、アフリカのフォークロアの現状を鑑みる目的で、対照的な二人のスピーカーを中心に議論をしたい。
     ひとりは、ウガンダの危機に瀕した世界遺産の管理に深くかかわり、ブガンダ博物館の再建に力を注ぐプリンス・ジョセフ・ムロンドである。カスビの墓は、世界遺産の一つとして現在再興が急がれているが、ここにはUNESCO、JICAをはじめとする海外のエージェント、その間をとりもつ責任者、カバカ(ブガンダ国王)、王国内のカティキロ(総理大臣)、ナリニャ(王女)などの戦略も交錯し、複雑な現状がある。そのことを紹介しつつ、生活者や王国当事者としての実感をフォークロア研究との関係で議論したい。
     もうひとりは、王国も形成していなかったが、現政権の1997年になってユニオンを形成し、パラマウント・チーフを新たに王国に準ずるユニオンとして設立したルオ系の民族アドラ(Jopadhola)の紹介者としてマイケル・オロカ=オボ氏に、こうしたユニオン設立にともなって公共性を要求されるプロセスで取りこぼされるものの典型である「呪詛」の観念について報告してもらい、隠されるフォークロアとして、ブガンダ王国の対比から議論をすすめていきたいと思う。

    使用言語:英語 抄訳の通訳あり。
    共催:神戸人類学研究会・神戸大学国際文化学研究推進センター

    第37回研究会(終了)今だからこそ議論する「被災地で民俗学が考えるべきこと」

    日 時: 2017年3月4日(土)13:30~
    会 場:東北学院大学土樋キャンパス8号館841教室

    プログラム:
    13:30~13:40 趣旨説明:政岡伸洋(東北学院大学)
    13:40~14:20 報告1:小谷竜介(東北歴史博物館)
        「宮城県雄勝地域の神楽と地域社会」
    14:20~15:00 報告2:加藤幸治(東北学院大学)
        「震災6年目の牡鹿半島と「復興キュレーション」」
    15:00~15:15 休憩
    15:15~15:55 報告3:政岡伸洋(東北学院大学)
        「被災地の動きから何が見えてきたのか―宮城県本吉郡南三陸町戸倉波伝谷の事例から―」
    15:55~16:15 コメント:金子祥之(日本学術振興会特別研究員PD(立教大学))
    16:15~16:30 休憩・会場設営
    16:30~17:30 ディスカッション
    司会:政岡伸洋
    コーディネーター:政岡伸洋




    趣旨:

     2011年3月11日に発生した東日本大震災では、太平洋沿岸に津波が襲い、死者・行方不明者18,455人(2016年3月10日現在)、そこに福島第一原発事故も発生し、暮らしの基盤が完全に破壊されるなど、甚大な被害がもたらされた。特に、津波や原発事故は、その映像がリアルタイムで流されたこともあり、世界に衝撃を与えた。
     また、今回の震災では、民俗というものが注目を集めた点も指摘できる。特に、がれきも片付けられていない状況の中で、次々と祭りや民俗芸能が復活し、「民俗の力」「コミュニティの強い結びつきが震災を乗り越えた」として、震災前との連続性を強調する形で、マスコミ等でも数多く取り上げられた。
     ところで、民俗学およびその周辺諸科学は、このような東日本大震災をめぐるさまざまな現象に対し、いかに向き合ったのか。まず最初にあげられるのが、被害の状況をとりあえずインタビューし、記録に残そうとするものである。震災直後にみられたが、その多くはこれまでの災害などを対象とした研究を踏まえ、何か目的を持って調査したというより、何でもよいから目の前に起こるものを記録していくという傾向が顕著であった。
     また、津波によって近代的な建造物が次々と破壊され、原子力発電所でも事故が発生するなど、自然の驚異を克服し便利で快適な暮らしを確立したと信じていた現代の暮らしが、そうではなかったことに衝撃を受け、人間の力の限界などを主張する研究も多い。このような主張は、阪神・淡路大震災においてもみられたが、注意すべき点として、特定の地域を対象に、暮らしを総体的にとらえ、詳細な事例分析に基づくような、一般的な民俗学の方法によって導かれたものではなく、印象論的な面が強く、注意が必要である。
     一方、今回の震災では、その直後から、学問が被災地に対してどのような貢献ができるのかが問われたが、特に民俗学では文化財レスキューが注目を集めた。がれきの中から文化財を救出して行く姿はマスコミ等でも数多く取り上げられ、民俗学が被災地にいかに向き合うべきかという点に対して、その主たる方法として定着したように思われる。たしかに、非常に意味ある活動だといえるが、ここで注意すべきは、これらはあくまで地域を表象するような文化財を軸とするものであって、これまでの民俗学が重視してきた地域の暮らし全般を対象としたものではない点は押さえておく必要がある。
     これに対し、被災地に起こるさまざまな現象を、フィールドワークにもとづいて検討するような研究があまり行われていなかったのかというと、そうではない。民俗学の場合はそれほどではなかったが、その周辺諸科学である社会学や文化人類学では多くの研究者が被災地で調査を行っている。その際の特徴として、「脆弱性」や「回復力」といった、従来の災害研究の成果を踏まえ分析することが多い。つまり、災害を軸に調査対象を見ようとする傾向が顕著であった点が指摘できる。これに対し、これまでの民俗学が得意としてきた暮らしを軸として、これらの動きを考えるような研究は、十分行われてきたとは言えないのが現状である。
     以上の研究成果は、それぞれの立場において非常に意味があるが、民俗学の対応として、本当にこれだけでよいのかと考える研究者は、企画者だけではないようにも思われる。また、このような議論を行うことで、単に災害への向き合い方のみならず、民俗学そのものの視点や方法の特徴についても考える場ともなりうる。
     そこで、東日本大震災から5年以上を経た今日、『今だからこそ議論する「被災地で民俗学が考えるべきこと」』と題し、上記のようなこれまでの研究成果の意義と課題を踏まえつつ、日常というものを軸に人々の暮らしの意味を考えようとしてきた民俗学が、被災地に対しいかに向き合うべきかというテーマについて、具体的事例に基づく研究成果報告をもとに、ここに参加する皆さんとともに改めて議論できればと考えている。


    主催・共催:現代民俗学会/科学研究費補助金基盤研究C「被災地における暮らしの再構築とその民俗的背景に関する調査研究」(研究代表者:政岡伸洋)/科学研究費補助金基盤研究C「ポスト文化財レスキュー期の博物館空白を埋める移動博物館の実践研究」(研究代表者:加藤幸治)/東北学院大学アジア流域文化研究所

    第36回研究会(終了)人から描く民俗誌―あらたなフィールドワーク技法にむけて―

    日 時: 2017年1月8日(日)13:00~17:00
    会 場:福岡市博物館 講座室1
    プログラム:
     司会・趣旨説明:内藤順子(早稲田大学) 「経緯・趣旨」
     発題:川田牧人(成城大学) 「福の民手法の教育実践」
     発表1:三浦耕吉郎(関西学院大学) 「『福の民』から『ひとと人々』へ―福岡市史の「私の10年」」
     発表2:松村利規(福岡市博物館) 「『本日の名言』から『生きかたの向き』を考える」
     コメント1:門田岳久(立教大学)
     コメント2:谷智子(福岡市博物館)
    コーディネーター:
     内藤順子(早稲田大学理工学部)・川田牧人(成城大学文芸学部)


    趣旨:

     フィールドに身をおくと、たとえばひとの声色やちょっとした機微から、字面や画像や映像からはわからないことが見えてくる。ひとは日常的に世間とかかわり、家族やまちや社会を形づくるわけだが、他人や世間との絡みかたの流儀や社交術や阿吽の呼吸にいたるまで、意識しているにしろ無意識にしろ、技の使い手でもある。民俗とはそうした「暮らしのなかの技」(『福の民』2009)の集積ともいえるだろう。
     従来の民俗誌がおのずと土地柄(風俗習慣人情)を描いてきた傾向をふまえ、本シンポジウムでは、人柄からの民俗の描きかたに焦点をあて、あらたなフィールドワークの可能性を検討したい。人柄とはたんなるそのひととなりというだけではなく、そのひとや人々が繰り出す技や工夫や暮らしぶりを含む広がりを持ったひとの醸すなにかである。
     そこで、この手法をもちいて民俗を描き出された三浦耕吉郎氏と松村利規氏に、社交や民俗を描くのにはどのような手続きが必要なのか、その手の内を語ってもらう。そして、ひとに焦点化したフィールドワークについての別の著作『〈人〉に向き合う民俗学』の編著者である門田氏と、『福岡市史』制作プロセスで編集者として鋭く斬り込みを入れつつそれを支えてこられた谷氏の二方にコメントを担当していただく。
     この人柄から民俗を描く技法――名付けて〈「福の民」手法〉あるいは〈ひと焦点化手法〉――のあらためての方法化は、じつはすでに本企画者ふたりの教育現場において実践を試みている。ひと焦点化の有効性の実例として、そのプロセスと成果の現状を川田氏に話してもらうことから始めたい。


    三浦耕吉郎(関西学院大学)
    「『福の民』から『ひとと人々』へ―福岡市史の「私の10年」」
     初年度に飛び込んだ太鼓屋さんでニベもなく取材を断られたり、魚の行商人を追って行った志賀島の潮くさい民宿で悶々とした日々を振り返りつつ、『福の民』を執筆せずにひたすらそのメイキングの過程によりそい続けた前半の5年間の経験が、私にとっていかに『ひとと人々』の執筆の糧になったのかという観点から、「人々の暮らしのなかの技」にかんする考察を試みたい。

    松村利規(福岡市博物館) )
    「『本日の名言』から『生きかたの向き』を考える」
     私たちの周辺にいるちょっと気になる人たちとの、取りとめもない世間話の場から『福の民』は生まれた。そこでは何かの拍子に、人柄、経験、魅力その他、さまざまな要素が凝縮された「名言」が発せられることがある。それらをうまく捉まえることで『福の民』の短い記述にしっかりとした芯を与える試みについて、振り返ってみたい。


    【文献】
    『新修福岡市史特別編 福の民』福岡市史編纂室、2010年
    『新修福岡市史民俗編 ひとと人びと』福岡市史編纂室、2015年
    『<人>に向き合う民俗学』門田岳久・室井康成編著、森話社、2014年



    ■主催/共催:現代民俗学会/福岡市博物館/「高密度デジタルモバイルを用いた〈ひと〉焦点化フィールドワーク手法の開拓」(平成27年度~28年度科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究)、研究代表者=内藤順子)

    第35回研究会(終了)民族文化映像研究所と姫田忠義の世界―歴史実践のなかのヴィジュアリティ―

    ポスター 日 時: 2016年12月11日(日)10:00(開場)~
    会 場:上智大学四谷キャンパス 4号館573室

    コーディネーター、司会・趣旨説明、ディスカッサント:
     菅豊(東京大学)
     北條勝貴(上智大学)
    ディスカッサント:
     姫田蘭(民族文化映像研究所・理事)


    スケジュール


     10:30~ 「奥会津の木地師」上映会(1976年/55分/民映研自主制作、 福島県南会津郡田島町針生)
     11:30~ 解説 小原信之(民族文化映像研究所・代表理事)

     13:30~
      ○菅豊:趣旨説明「民族文化記録映画製作の歴史実践としての意味」
      ○小原信之:「民族文化映像研究所の活動を振り返る。そしていまに繋ぐ」
      ○今井友樹(民族文化映像研究所・理事):「姫田忠義の活動を振り返る。そしていまに繋ぐ」
      ○北條勝貴:コメント「映像制作/経験としての歴史実践」
     討論
      ○姫田蘭:ディスカッサント

    趣旨:

    パブリックな場に開かれた歴史は、それを考え、学び、描く行為を「歴史家(歴史学者)」の独占から解き放ち、もっと多様な主体へと開こうとしてる。またそれは、歴史を考え、学び、描く形式を「文献(文字)」の偏重から解き放ち、もっと多様なメディアへと開こうとしている。そこでは、歴史学者のみならず、アカデミックとは無関係な職業や、立場性をもちながら歴史を描く人びともまた「歴史家」と見なされる。さらに文字的(literal)な媒体のみならず、口頭的(oral)な媒体、映像的(visual)な媒体、物体的(material)媒体も、総じて歴史を伝えるものとして重視される。今回の研究会では、このような「開かれた歴史」観に基づきながら、ヴィジュアルなイメージと映画という言説を通しての歴史の表象、すなわち「歴史映写(Historiophoty)」(White 1988)という歴史実践を検討してみたい。
     これまでの歴史学では、虚構性や脚色性が自明の歴史的な劇映画を読み込むことに果敢に挑戦してきた。しかし民俗学では、まずは逆に事実性や記録性を標榜するドキュメンタリー映画を、逆説的に読み込むことが取り組みやすいであろう。周知の通り、民俗学では1930年代の渋沢敬三、宮本馨太郎らの映像記録に端を発し、その後、産・学・官・民、営利・非営利を問わず多様なアクターが映像制作に参画し、多くの作品を遺してきた。それらの作品はとくに企図しなくとも、社会に存在する他の莫大な一般映像とともに、過去を伝える史料として転生し、後世の人びとによって鑑賞され、解釈され、利用される運命にある。  1970年代、姫田忠義とその仲間たちは、「日本の基層文化を映像で記録・研究することを目指して出発した民間の研究所」である民族文化映像研究所(通称・民映研)を起ち上げた。そして、その半世紀近い活動で119本もの映画作品を制作した。その活動はアカデミック民俗学と幾許かの縁があったものの、根本ではそこから独立した異質の文化と歴史の表象であった。
     その映像は、撮影された時代から大きくうつろった現代において、まさに史料と化している。ただし、その映像は単なる過去の「事実」を、現在に伝えるだけではない。この映像を見る「いまに生きる人びと」は、数十年前に撮られた映像から、「過去の生活の豊かさ」や「人びとの生きる力」などの現在を対照する価値を感じとっている。そして新しい文脈に過去を位置づけ直しながら、過去へ共感を抱きつつある。その映像は、いまを生きる人びとの見知らぬ過去と、現在、そしてこれからの未来を繋いでいく。
     本研究会では、民映研に関わってきた映像制作者たちを「歴史家」と見なし、またその映像制作活動を「歴史実践」として捉え直してみる。そして民映研に参画した映像制作者=歴史家たちとの対話を通じて、その歴史映写実践の契機や目的、映像的歴史叙述の諸技法、さらに映像の自己・他者、現代社会への影響などについて明らかにし、20世紀に日本で勃興した歴史実践としての民俗記録映像制作の意義について考える。(文責:菅豊)。



    ■主催:現代民俗学会、パブリック・ヒストリー研究会(科研「パブリック・ヒストリー構築のための歴史実践に関する基礎的研究」グループ)、東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」研究会
    ■後援:上智大学研究機構
    ■協力:民族文化映像研究所

    第34回研究会(終了)民俗学の論点2016

    ポスター 日 時: 2016年9月18日(日)13:00~
    会 場:東京大学東洋文化研究所大会議室

    登壇者:
     現代民俗学会研究企画委員会(第5期)
    コーディネーター:
     塚原伸治(茨城大学)、鈴木洋平(東京都市大学)


    趣旨:

     2016年5月から研究企画委員会の第5期がスタートしました。そのスタートにあたり、今期委員会が担当する2年間の研究企画の方針と、実際に開催される研究会の内容について公開で議論することを目的としてこの研究会は企画されました。
     本研究会の第一部では、研究企画委員が各自で議論したいトピックを持ち寄り、その意義や可能性について徹底的に検討します。討論の結果として、第5期委員会において実施する研究企画の具体化を目指すこととなります。
     さらに第二部は、若手研究者をメンバーとする次世代ユニットによるディスカッションの時間とし、担当の委員を中心に、今後の研究企画について検討を行います。第4期研究企画委員会から新機軸として導入された「次世代ユニット」の活動も3年目に入りました。メンバーが一新したこともあり、今後の方針について改めて検討しなおすタイミングでもあります。この第二部では具体的な研究会の企画立案にとどまらず、今後の若手ユニットの活動方針についても併せて検討していきます。
     研究企画委員による上記のディスカッションのあとには、会場全体でディスカッションをおこないます。あえてこのような機会を公開のイベントとして設けるのは、参加者の皆さんとともに考える中から、新たな課題やトピックが生み出されることを期待しているからです。企画案のプレゼンテーションをきっかけに、会場の皆さんがそれぞれに考える「民俗学のいま」をお伝えください。民俗学の論点を、多様な意見の中から浮かび上がらせ、企画として結実させることを目指したいと考えています。(文責:塚原伸治)。

    ■主催:現代民俗学会

    第33回研究会(終了)パブリック・ヒストリー―多様なる歴史実践から生まれる開かれた歴史―

    ポスター 日 時: 2016年9月10日(土)13:00~
    会 場:東京大学東洋文化研究所大会議室

    発題:
     菅豊(東京大学教授)
    「パブリック・ヒストリーとは何か?―歴史実践研究に向けての基本的枠組み―」
    特別講演:
     岡本充弘(東洋大学名誉教授)
    「パブリックな場にある歴史」
    コーディネーター・ディスカッサント:
     北條勝貴(上智大学准教授)、菅豊


    趣旨:

     「歴史」は、歴史学の独占物ではない。民俗学も、民俗という文化現象の歴史(的変遷)を扱う歴史民俗学に挑戦してきた。しかし今回の研究会は、歴史民俗学のように「民俗」という文化の一部を対象化し、その歴史を探究することを目指してはいない。人びとが「日常的実践において歴史とのかかわりをもつ諸行為」[保苅 2004]、すなわち「歴史実践」を社会・文化現象としてとらえ、その意味を探究するのである。
     歴史実践は地域や時代、そして専門家/非専門家といったアクターの属性を越えて普遍的に行われる行為であり、現象である。それは単なる「過去の回顧」ではない。「過去との対話を通じて現在の現実世界を創造する行為」なのである。さらに、それは伝統的な歴史学が依拠してきた文献などの文字的媒体によって限ってなされるのではなく、遺物や民具などの物質的媒体や絵画や映像などの視覚的媒体、口頭伝承などの音声的媒体など、民俗学も関心をもってきたような多種多様な媒体を以てなされるのである。
     この歴史実践を考えるにあたり、近年、欧米の歴史研究で注目されているパブリック・ヒストリー(public history)の動向は見過ごせない。米国では1970年代以降、公共部門の活動や政策と、歴史学や民俗学、考古学などの歴史系人文学とが連動して、狭義のパブリック・ヒストリーが勃興した。それは1990年代以降、専門化した学問の社会的孤立が問題視されるなか、社会や市民に資する歴史(学)、そして市民によって考究される歴史(学)という広義のパブリック・ヒストリーとして発展した。「歴史」は、もはや学者の独占物ではない。
     広義のパブリック・ヒストリーには、「歴史によって現在を創る」という積極的歴史実践観が貫かれる。またそれには過剰に専門化、職業化した歴史学によって独占されていた歴史実践を社会に開いていく歴史運動観が貫かれる。そしてそれには、歴史学に大きな衝撃を与えた「言語論的転回」という思潮が少なからず影響を及ぼしている。歴史をただ物語として見なすだけではなく、「何かのために」「誰かのために」物語としての歴史を紡ぐことに重きを置く。このような歴史実践は、歴史学や民俗学、文化人類学、社会学、宗教学といった「歴史」に少なからず関心をもってきた学問の共通課題であり、その考究は脱領域的な歴史研究のアリーナを形作ってくれることであろう。
     本研究会では、日本の歴史研究では未だほとんど顧みられていないパブリック・ヒストリーや、それにインパクトを与えている歴史叙述の諸転回について論点を整理し、「パブリックな場にある歴史(history in public place)」や「人びと自身が創り出す歴史(people's history)」、そして「歴史する(doing history [保苅 2004]あるいはhistorying [Munslow 2010])」ことの可能性と問題点、そしてその研究/実践の今後の展望について討議する(文責:菅豊)。


    ■主催/共催:現代民俗学会、パブリック・ヒストリー研究会(科研「パブリック・ヒストリー構築のための歴史実践に関する基礎的研究」グループ)、東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」研究会

    第32回研究会(終了)フォーク・メディアとフォーク・コミュニケーション―〈いくつもの民俗学〉と現代民俗学―

    ポスター 日 時: 2016年8月6日(土)13:30~
    会 場:神戸大学国際文化学研究科(鶴甲第1キャンパス)学術交流ルーム(E410)
    発表者:
     荒井芳廣(大妻女子大学)
     竹村嘉晃(人間文化研究機構総合人間文化推進センター/南アジア地域研究国立民族学博物館拠点)
    コーディネーター:
     梅屋潔(神戸大学)・島村恭則(関西学院大学)


    趣旨:

     フォークロア研究/民俗学は、世界各地で行なわれているが、そのあり方は多様である。
     ブラジルでは、フォークロア(民俗)を情報伝達と感情・思想表現の回路ととらえるフォーク・コミュニケーション概念が提唱されており、この概念のもと、会話、報告、韻文、物売りの声、説教、民謡、演劇、儀礼、祭礼など直接的な接触を通してのコミュニケーションや、銘文、版画、民衆本、民芸品、絵馬、メダル、リボン、ロウソクなどの「もの」を介するコミュニケーションがさかんに研究されている。ブラジルの大学では、コミュニケーション系学部の中にフォーク・コミュニケーションのカリキュラムが用意され、コミュニケーションとしてのフォークロアの研究・教育が行なわれている(荒井2004)。
     インドでも、1970年代以降、フォークロアの実践を、民俗芸能、歌謡、儀礼、造形などの形式を用いたコミュニケーション行為であるととらえ、それが政治的・経済的に流用される状況も含めて、フォーク・メディアの概念のもとで研究が行なわれてきた(竹村2015)。インドの大学においては、メディア・コミュニケーション系学部の中でフォーク・メディアの研究・教育が行なわれている。
     今回は、こうしたブラジルとインドのフォーク・コミュニケーション研究、フォーク・メディア研究を、世界に存在する〈いくつもの民俗学〉の一つのあり方としてとらえ、これらについて造詣の深い二人の人類学者に、その理論的枠組みや学史的背景、近年の動向についてうかがい、民俗学をメディア・コミュニケーション研究としてとらえる視点を彫琢したい。


    荒井芳廣(大妻女子大学)
    「ブラジル民俗学への道」
     報告者がブラジルに初めて調査に訪れたのは1970年代末であった。当初から調査地はブラジル北東部ペルナンブコ州のジュアゼイロ・ド・ノルチと決めていた。ブラジルでの調査対象をこのブラジルの奥地の中都市を中心に生産・流通する民衆的小冊子、リテラトゥーラ・ヂ・コルデウと決めていたからであった。1か月余りの短い調査期間を、まずブラジルの学問研究の中心であるサンパウロとリオデ・デ・ジャネイロから始めたのは、この民衆衆的小冊子の主要な研究者と研究機関がこの2つの都市にあったからというばかりでなく、この2つの都市にはブラジル北東部からの移住者が多く住み、この地域の民俗現象を運んできていると聞いていたからである(サンバやカルナバルのその例である)。果してこの大都市で後に共同調査をするようになる小冊子作者や研究者と出会った。そのうちでも最も影響を受けたのがECA(サンパウロ大学コミュニケション&芸術学部)とその研究者であった(当時はまだ博士論文を準備する学生であった)。そのあとペルナンブコ州の州都レシーフェに赴き、奥地の街を巡りながら、ブラジル各地の様々な民俗現象とそれぞれの地域での民俗学研究の伝統に出会い、さらには先の2大都市で「民俗学」が社会科学系学部の必須カリキュラムとして導入されるプロセスも知るようになった。本報告では報告者がブラジルでの調査で知りえたブラジル民俗学の学史的地位について話したい。

    竹村嘉晃(人間文化研究機構総合人間文化推進センター/南アジア地域研究国立民族学博物館拠点) )
    「神霊祭祀が具象化するインド民俗学の視座」
     多様な諸芸術が受け継がれているインド世界では、藩王国時代より英植民地統治から近現代に至るまで、歌謡や村芝居、舞踊、祭祀などの芸能がメディアとしての機能を果たしてきた。報告者が2002年より調査を続けている、南インド・ケーララ州北部に伝わる神霊祭祀のテイヤムは、同地域における人びとの宗教や社会的生活の中心となっている傍らで、「民俗芸術」という肩書きと共に、宗教的文脈から逸脱した複数の場に異なる媒介を通じて表れている。
     本報告では、テイヤム祭祀をめぐる今日的状況について、第一に活字メディアに焦点をあて、神霊とその祭儀が人びとの間でどのように位置づけられてきたのか、英植民地期から現在にいたるまでのテイヤム祭祀のイメージと知識の形成過程を紹介する。第二に、インド民俗学の領域で注目された「民俗メディア」という枠組みを示しながら、州政府が誕生した20世紀後半において、テイヤム祭祀が政治や芸術の文脈でいかに流用・配役されてきたのかを詳述する。第三に、テイヤム神のイメージが祭儀とは異なる日常のかつ多元的なメディア空間において繰り返し再生産されている状況を観光と生活世界の文脈から検討する。最後に、電子メデイア空間における神霊を介した新たなネットワーク形成の動態について触れる。
     以上をふまえ、本報告では、近代化の過程におけるローカルな神霊祭祀の多元的かつ複合的な受容動向を明らかにしながら、インド民俗学における芸能への視座をメディアとのつながりから再検討する。


    【文献】
    荒井芳廣 2004「訳者解説」『ブラジル民衆本の世界―コルデルにみる詩と歌の伝承―』(増補版)、ジョゼフ・M・ルイテン著、荒井芳廣・河野彰・古谷嘉章・東明彦訳、御茶の水書房。 竹村嘉晃 2015『神霊を生きること、その世界―インド・ケーララ社会における「不可触民」の芸能民族誌―』風響社。


    ■主催/共催:現代民俗学会・神戸人類学研究会

    第31回研究会(終了)他者の中の日本像 ―複層化する台湾の『民俗学』的視線―

    ポスター 日 時: 2016年3月6日(日)13:00~
    会 場:成城大学 3号館311教室
    発表者:
     明田川聡士(東京大学大学院/台湾文学)
     鈴木洋平(東京都市大学/民俗学・文化人類学)
     水口拓寿(武蔵大学/中国思想文化学・台湾文化研究)
    コメンテーター:
     西村一之(日本女子大学)
    コーディネーター:
     鈴木洋平(東京都市大学/民俗学・文化人類学)


    趣旨:

     近年の台湾では、自分達の地域を自分達の手で描き直す新たな視線構築への試みが生まれつつある。かつての日本統治期に対しても、よりフラットな視線から過去を見直そうとする研究が多様な形で示されている。こうした自分達を含む歴史を描こうとする郷土研究の底流には「文史工作者」ら有志による地域への関心があった。自分たちの地域を見つめ、その歴史と向き合おうとする今の台湾のエネルギーは、日本民俗学が日本という地域を見つめてきた視線と共鳴し得る。
     台湾における郷土研究は、1980年代末から民主化の状況に歩を合わせるように登場し、総合的な研究へと広がっていった。台湾は長らく、中国王朝期の「正史」という側面から見れば記述の対象外とされるような地域であった。植民地統治の必要という明確な目的を持っていたにせよ、その地と向き合い膨大な記録を残した時期として、台湾における日本統治期が残したものの活用が進められている。戦前に刊行された雑誌『民俗台湾』などをはじめとする日本統治期の民俗学的雑誌・文献も資料として改めて見直されつつある。
     自文化研究者としての民俗学者、そしてかつての当事者・資料作成者としての日本人。二つの側面から、日本民俗学が台湾における民俗学的研究に関わることの意義は高まりつつある。台湾における民俗学的視線とは、日本と台湾をめぐる自分自身、そして他者として互いを眺める視線の交錯の歴史でもあった。また、台湾を舞台に民俗学的視線について考えることは、柳田国男が民俗学の視野としては「少し程遠い話」としていた他地域の自文化研究に視線を合わせることでもある。台湾という地域は、かつての民俗学的思考の蓄積、そして学問技法としての民俗学が試される場と言えよう。
     本研究会では、台湾で見られる「自己に向けられる視線」の多様なあり方を紹介しながら、各時代に描かれた、あるいは意図的に描かれなかった「日本」を媒介として、等身大の台湾との距離感について考える。「自分自身をどう捉え、どう描くか」という問題を通して、民俗学というものが持つ対話可能性について考えていきたい。

    明田川聡士(東京大学大学院/台湾文学)
    「戦後台湾文学における「皇民」表象」
     台湾では戦前、特に日中戦争の開戦以降には、台湾人の戦争動員の必要から台湾総督府を頂点とするさまざまな運動を通して日本への同化がはかられた。「皇民化運動」は日本の敗戦まで継続し、国民党による統治の開始に伴い「皇民」たる人物は存在しなくなったが、その爪痕は後の台湾社会にも遺り続けている。言うまでも無く、現代台湾社会においても「皇民」という言葉は、極めて否定的でネガティブな意味を持つ。但し、こうした皇民をめぐる言説や評価、表象が時代とともに変遷したことも事実であり、その事実は台湾人・台湾社会を理解する上でも留意する必要がある。
     本発表では、かつて親日文学として否定された皇民化運動期の「皇民文学」が、1970年代末に突如脚光を浴びたことに注目し、当時の複層的な社会・文化環境の中で、皇民という表象が如何に解釈されたのかを考察する。

    鈴木洋平(東京都市大学/民俗学・文化人類学)
    「「日式墓」推移と選択される日本要素」
     台湾で墓地の調査をしていると「日本人の墓があるぞ」と案内されることがある。その多くが棹石を持った形式の墓で、台湾では研究上「日式墓」などと分類される様式の墓である。その多くは「日本人の墓」ではなく、台湾の人々のために建てられ、日本統治期より作られてきた。「日式墓」は台湾各地で様々な人々により、断続的に作られながら今に至っている。それぞれの日式墓には、棹石を建てるなどの形式的な特徴を除き、必ずしも共有するものはない。「日式墓」を一つの形式として分析することは困難であり、各世代が行った選択と、その後の子孫による向き合いの累積を見えにくくする。
     本発表では、時代ごとに異なる意味を持つ日式墓が建てられる過程と、建立以後の遺族による対応の変化を検討する。墓を祀る主体となる各時代ごとの生存者が、自分達の墓、そして日式墓という存在にどのように向き合ってきたか。台湾に生まれた個々人が日本的要素を積極的に取り込み、「日本人の墓」とも呼ばれるような墓への意味づけを読み替えていく過程を検討したい。

    水口拓寿(武蔵大学/中国思想文化学・台湾文化研究)
    「台湾における「孔子廟と日本」の120年―或いは「自己と他者の連続と断絶」をめぐる言説史―」
     孔子廟は儒教に属する施設であり、孔子とその高弟などを神として祀る。台湾に現存する孔子廟は、数え方にもよるが40余りに達し、それらは清朝統治下で建立されたもの(台南・彰化など)、日本統治下で建立されたもの(台北・日月潭など)、国民政府統治下で建立されたもの(高雄〈左営〉・台中など)に分かれる。
    1895年~1945年の間、統治者としての日本は、初めは各地で孔子廟を廃し、次にはそれらの再興を主導或いは援助し、また祭祀儀礼に官僚を出席させ、最後には儀礼内容の日本化(神道化や日本語化)を図った。やがて1960年代後半から、国民政府による中華文化復興運動の一環として、祭祀儀礼の官営行事化と、政府による孔子廟の接収や新規設置が相次いで行われたが、こうして再び統治者の強い管理下に置かれた台湾の孔子廟では、特に台北孔子廟の祭祀儀礼において、日本人の参列や日本語による経典朗読(北京語・英語・韓国語による朗読と並んで)など、改めて隣国日本との結び付きを生じるようになった。
    この120年間に台湾の孔子廟を「統治」した者たちは、日本側にせよ台湾側にせよ、儒教を日本と台湾(或いは日本と「中華」)に共通の文化であると措定した上で、自己と他者の連続や同質性をアピールする場として、孔子廟を各者各様に利用したと見ることができる。その一方で、孔子廟に対する彼らの関心は、むしろ彼らに両者の断絶や異質性を意識させる場合もあった。本発表では、このように孔子廟をめぐって「自己と他者の連続と断絶」という観点から発せられた言説を、それぞれの時代や立場を踏まえながら追跡し整理する。

    ■主催:現代民俗学会

    第30回研究会(終了)「捨てられゆくもの」の民俗学・社会学 ―村落社会における耕作放棄・空き家・無縁墓―

    ポスター 日 時: 2015年12月20日(日)13:00~
    会 場:東京大学東洋文化研究所3階 大会議室
    発表者:
     藤井紘司(早稲田大学研究員/民俗学・文化人類学)
     芦田裕介(宮崎大学/農村社会学)
     五十川飛暁(四天王寺大学/環境社会学)
    コーディネーター:
     金子祥之(東京大学/民俗学・社会学)、菅豊(東京大学/民俗学)、矢野晋吾(青山学院大学/農村社会学)



    趣旨:

     日本社会では、いま、さまざまなものが捨てられている。「ごみ」のように誰の目からも利用価値がないと判断できるものだけではない。捨てるという言葉が相応しくない、田畑や屋敷、そして墓までもが、捨てられ、放置される対象となっている。田畑・屋敷・墓地が放置されると、地域の衰退が目に見える形で現出し、異様な景観をつくりだす。こうして、荒れ地・空き家・無縁墓が社会問題として顕在化する。
     これら三つの問題は、民俗学・村落社会学の主要なフィールドとなってきた農山漁村で深刻化している。耕作放棄は農山漁村に特有の問題であるが、空き家や無縁墓は都市・村落の別なく課題となっている。だが、空き家や無縁墓の問題も、とくに農山漁村において深刻化しやすい。なぜなら、過疎化・高齢化・離村が進行するなかで、担い手不足により管理しようもない、田畑・屋敷・墓地が目立ってきているからである。
     こうした村落空間内のアンダーユースが目立つ現状に対し、行政的なアプローチがとられはじめている。田畑・屋敷・墓地はいずれも私有財産であり、法的保護の対象である。それゆえに、これらが捨てられ、放置されているからといって、一足飛びに第三者による管理が可能になるわけではない。そこで空き家に関しては、2015年に、年限を区切って行政的な管理が可能になる法令が整備された。田畑については大規模農家や農業生産法人への土地集積が誘導されている。
     それに対して別の方法を提起するのは、共有地の管理をめぐって議論を展開してきたコモンズ論者である。コモンズとは、複数の主体が協働して資源を管理するあり方を指す。コモンズ研究では、環境保全・資源管理において、地域社会の資源管理方法が有効であることが示されてきた。このようにコモンズ研究では、地域社会による資源管理に注目してきたため、見捨てられた田畑・屋敷・墓地を地域社会が管理するしくみが作りえないかが議論されている。
     これらの指摘を活かしながら、農山漁村をもっとも大切なフィールドとしてきた民俗学・村落社会学は、オルタナティブなアプローチを提起できるはずである。田畑・屋敷・墓地は、いずれも村落社会を構成する家にとって、重要な家産として特別な意味付けがなされてきたものである。そもそも農山漁村に暮らす人びとにとって、荒れ地・空き家・無縁墓がいかなる問題なのだろうか。あるいは伝統的にはこうした問題に対していかなる対応策が用意されてきたのであろうか。「荒れ地・空き家・無縁墓」をめぐる「問題」の構成そのものを批判的に検討しながら、現代村落の課題にフィールドから応答していきたい。

    藤井紘司(早稲田大学研究員)
    「島嶼社会において無縁墓はどのようにあつかわれてきたのか」
     近年、無縁墓が増加し、墓地の荒廃や撤去費用による財政圧迫、果ては墓石の不法投棄など、地域生活の新たな課題にのぼっている。これらの問題に対し、墓地行政の基本的な方針は墓地の集約化と無縁墓の合葬式共同墓(無縁塔)への改葬とが軸となっている。本発表では、公共工事や宅地開発による無縁墓の改葬が全県でもっとも高い沖縄県をフィールドにし、行政による合葬式共同墓への改葬を拒否し、縁故者でないにもかかわらず無縁墓を手放さず、管理し続けている事例を取り上げる。地域社会がなにゆえに「捨てられゆくもの」に抗し、無縁となった墳墓に働きかけ続けているのかをあきらかにする。

    芦田裕介(宮崎大学)
    「空き家をめぐる政策の論理と地域の論理」
     日本の空き家率は上昇の一途を辿っており、防災や防犯、景観や人口問題などの観点から空き家への社会的関心が高まるなか、2014年には「空き家等対策の推進に関する特別措置法」が制定され、全国の自治体で空き家対策が進められつつある。実際の現場においては、空き家をめぐって行政や所有者、地域住民などのさまざまなアクターが存在し、それぞれの関心や思惑は地域社会の置かれた状況によって異なる。空き家への対応は、こうした諸アクターの空き家に対する意識や関わり方、アクター間の関係を考慮したうえで、慎重に検討することが必要だと考えられる。しかし、空き家に関する政策や研究では、これらの点について十分に議論がなされないまま、「空き家」が定義され、「空き家」の増加が問題視されているような印象が否めない。本報告では、まず「空き家」を「管理」しようとする政策の側の論理について検討する。そのうえで、全国的にみても空き家率が高い和歌山県のなかで、とくに過疎化・高齢化が進んでいる高野町の農山村を事例として、地域社会にとって、空き家にはいかなる意味があり、空き家をめぐって何が問題なのか、ということを考えたい。

    五十川飛暁(四天王寺大学)
    「「荒れ地」の利用にみる地域社会の空間管理――河川敷をめぐって」
     本報告が対象とするのは河川敷の共同利用である。そのため、今回の研究会の主題である「捨てられゆくもの」としての切実さは、田畑や屋敷地や墓地に比べてやや弱いところがある。ただ、河川敷というのはそもそも所有や利用にかんする「曖昧さ」がともなってきた空間である。その曖昧さのなかでも地域社会の人びとにとって意味のある空間でありつづけているとするなら、そこには、上記空間の今後の「管理」のあり方にもつながるようなヒントがあるように思われる。以上のようなことを念頭におきつつ、行政的な管理のあり方と対比をしながら、河川敷をめぐる人びとの利用とそのポイントについて考えることにしたい。


    ■主催/共催:現代民俗学会、日本村落研究学会、「新しい野の学問」研究会(科研「現代市民社会における『公共民俗学』の応用に関する研究―『新しい野の学問』の構築―」(代表者:菅豊)

    第29回研究会(終了)獣害問題を民俗学から考える―在来知と科学的管理の交錯

    ポスター 日 時: 2015年11月14日(土)13:00~
    会 場:東京大学東洋文化研究所3階 大会議室
    発表者:
     近藤祉秋(アラスカ大学大学院)
     合原織部(京都大学大学院)
    コメンテーター:
     田口洋美(東北芸術工科大学)
     奥野克巳(立教大学)
    コーディネーター:
     菅豊(東京大学)、塚原伸治(茨城大学)、 近藤祉秋(アラスカ大学大学院)



    趣旨:

     近年、過疎化の進行にともない、様々な地域で獣害が深刻な社会問題となっている。平成20年の調査によれば、獣害にまつわる経済的損失は、日本全国で200億円弱にのぼった。この問題に関して、生態学、動物行動学、環境社会学、農学など、様々な分野からのアプローチが試みられており、人と動物の関係学という枠組みに接続される形で重要な学際的テーマとして浮かび上がっている。このテーマは人獣交渉を論じてきた民俗学においても重要であるだろう。
     人と動物の関係をめぐる議論が学際化する背景を理解する上で、「伝統的生態学的知識」(Traditional Ecological Knowledge :略称 TEK)論をおさえておく必要がある。その議論においては、これまで「迷信」、あるいは「時代遅れの習慣」とみなされてきた「伝統」的な知識や実践(民俗学の研究対象)を、開発の現場に取り入れることで、 地域主体の持続可能な資源管理を実現できると謳われてきた。日本で喧伝されている、いわゆる「里山」における資源利用を一面的に評価し、礼讃する動きなどがその好例である。保全生態学などの自然科学者、あるいは環境政策学者などの応用学者が主役を演じてきた資源管理に対して、現地社会の代表者や現地の事情を知る民俗学者/文化人類学者が、共同管理におけるステークホルダーとして発言の機会を与えられるようになってきたのである。
     安易なTEK礼賛には批判も多い。例えば、一部のTEK論者は「伝統的生態学的知識」と「科学的知識」の統合を説くが、在来の知識・実践は、科学者や行政によって、自らの主張や政策を遂行する上で、都合の良い「お墨付き」として利用されることがある。いかにも在来の人びとを尊重し、その価値を高く評価するように見せかけているが、その実、都合のよいところを「つまみ食い」しながら、自らの主張と整合的に環境ストーリーを構築する場合がある。
    しかし、TEKが先住民などの社会的に周辺化された集団のエンパワーメントと結びつけられて論じられてきたこともあり、現地社会がこうした動きを積極的に活用するという状況も生まれていることは、問題をより複雑にしている。 つまり、在来知と科学知の断絶、あるいは反対に意図的な誤った接合などを指摘するのは容易い一方、両者が戦略的に恊働したり、交流を深めたりするポジティブな状況が生まれてきているのである。
     本研究会では、狩猟にまつわる在来知・在来実践に焦点をあてることで、在来知と科学知をめぐる議論を補助線としながら、獣害問題に民俗学者、文化人類学者がどのような視点を提供することができるかを考えたい。(文責:近藤祉秋)

    近藤祉秋(アラスカ大学大学院)
    「内陸アラスカにおけるサケ類の減少問題と資源管理:TEKの「つまみ食い」を超えて」
     狩猟と漁撈を生業基盤とする内陸アラスカのアサバスカン社会にとって、「獣害」はサケやヘラジカなどの食用動物に対する補食・繁殖阻害としてあらわれる。現在、サケ、ホワイトフィッシュをはじめとする内水面漁撈の対象種が減少していることが大きな問題となっており、現地では商業漁業による混獲、環境汚染(放射能汚染を含む)、ビーバーの激増が原因とみなされている。しかし、原因の究明にあたっている、州政府の科学者(魚類学者)は、在来知を重視しようとする現在の方針にも関わらず、増え過ぎたビーバーダムが魚の遡上・移動を妨げているという現地人の見解を真剣に検討することはない。なぜなら、最近の研究では、ビーバーによる周辺環境の改変によって、魚の生育にとって好影響がもたらされる可能性が指摘されているからだ。
     本発表では、アラスカ州クスコクイン川上流域のサケの遡上地におけるクマの待ち伏せ猟、およびその際におこなわれるビーバーダムの小規模な破壊を事例として、科学的知識生産の補助線として在来知を「つまみ食い」するのではなく、その在来知が依拠する実践へのホリスティックな着目が重要であると主張する。

    合原織部(京都大学大学院)
    「宮崎県椎葉村における猿害対策と狩猟」
     本発表では、宮崎県椎葉村における獣害現象のなかでも、10年ほど前からニホンザルによる被害が深刻化した松尾地区の旧岩宿集落、野地・竹の八重集落に着目し、野生生物管理における行政の介入が、サルの祟りを語り継いできた猟師や他の村人にどのように受け取られ、どのような具体的な駆除実践に結びついてきたかを報告する。イノシシ猟を盛んにおこなってきた当該地区の猟師たちは、伝統的に狩猟対象ではなかったニホンザルを相手にする際に苦難を経験してきた。そのような状況に際して新しく導入された大型捕獲囲い罠とそれをめぐる一連のやりとりを事例として、在来知と科学知の錯綜した関係を論じたい。


    ■主催/共催:現代民俗学会、科研「現代市民社会における『公共民俗学』の応用に関する研究―『新しい野の学問』の構築―」(代表者:菅豊)、科研「動物殺しの比較民族誌研究」(代表者:奥野克巳)

    第28回研究会(終了)物質文化研究の新地平

    ポスター 日 時: 2015年8月1日(土)13:00~
    会 場:神戸大学鶴甲第一キャンパスF棟301号教室
    発表者:
     後藤明(南山大学)
     大西秀之(同志社女子大学)
    コメンテーター:
     島村恭則(関西学院大学)
    コーディネーター:
     梅屋潔(神戸大学)



    趣旨:

     欧米の民俗学には、長い口承文芸研究の系譜とともに、物質文化/フォークライフ研究の系譜が存在している。これは、北欧をはじめとするヨーロッパの周縁部で野外博物館の展開と関わりながら発展した研究領域で、のちにアメリカに伝わり、ヨーダー(Don Yoder)、グラッシー(Henry Glassie)、ジョーンズ(Michael Owen Jones)、ブロナー(Simon J. Bronner)といった研究者によって大きな成果があげられて現在にいたっている。今回は、とくにアメリカ民俗学における物質文化/フォークライフ研究のあり方を検討しつつ、これを歴史考古学や技術人類学などにおいて展開されてきた物質文化研究のより広い動向の中に位置付け、現代民俗学における物質文化研究の可能性と課題について考えたい。(文責:島村恭則)

    後藤明(南山大学)
    「技術人類学における米国物質文化研究」
     1980年代、当時主流のプロセス考古学に対立して台頭した英国のポスト・プロセス考古学はビンフォードなど米国の先史考古学者を批判する一方、グラッシーら民俗学、あるいはディーツやレオーネなど歴史考古学者に親和性を示した。米国の物質文化研究や歴史考古学には人類学の「王道」先住民研究、また欧州系のみならず、アフリカ系やアジア系移民への目配りもあった。さらにブロナーやジョーンズらの研究は、フランスの動作連鎖論、また近年の物質的関与論やインゴルドの「生の人類学」に接合する視座を含んでいることなどを論じたい。

    大西秀之(同志社女子大学)
    「物質文化研究は「モノ」語りか?―非言語的実践の追究をめぐる民族誌アプローチ―」
     人文社会科学では、近年、モノをめぐる理論がにわかに注目を集め、また活発な議論や研究が行われているように窺える。ただ、そこでのアプローチの多くは、あくまでもコトバに依拠したものとなっている感が否めない。このような潮流を踏まえ、本報告では、日常世界における非言語的実践を対象として、一般に「物質文化研究」とされる研究群の再検討を試みる。こうした再検討を通し、非言語的実践に対する民族誌アプローチの可能性を示すと同時に、そもそも「物質文化研究」とはモノを対象とする研究なのか、という根源的な異議申し立てを提起する。なお、本報告では、理論背景としてフランス社会学・人類学を参照するとともに、日本の民俗学的研究との接合も射程に入れる。


    ■主催:現代民俗学会

    第27回研究会(終了)生活のなかの感性と美学

    ポスター 日 時: 2015年4月26日(日)11:00~12:15
    会 場:成城大学3号館311教室
    発表者:
     俵木悟(成城大学)
     丸山泰明(元国立歴史民俗博物館)
     横川公子(武庫川女子大学)
    コーディネーター:
     俵木悟



    趣旨:

     日本の民俗学は長らく「美」の問題を正面から論じることをしてこなかった。むしろ意図的にこれを避けてきたようにも思われる。これは諸外国と比較して、日本民俗学の顕著な特徴のひとつである。例えばアメリカ民俗学では、1970年代にDan Ben-Amosが民俗(folklore)を、’artistic communication in small groups’ と、またDell Hymesが民俗学(folklore study)を、’ the study of communicative behavior with an esthetic, expressive, or stylistic dimension’と定義づけて以来、表現文化の「美的」な性格を論じるのは、民俗学の主要な研究関心であったと言えよう。あるいは同じ東アジアの中国、韓国などでも、文芸・工芸・舞踊・演劇などの「芸(artistic skill, performance)」は民俗学の最も民俗学らしい研究領域であった。
     日本でも民俗学で美を論じることが試みられていた時代があった。昭和2年に結成された民俗芸術の会はその代表的な組織であり、その結成にも少なからず関わった柳田國男は『郷土生活の研究法』(1935)で、よく知られた民俗資料の三部分類の心意現象のなかに「趣味」を位置づけ、「善と美はともにこの一般的趣味の下に包括されるもの」と述べている。この当時の「民俗芸術」という研究視点がもっていた可能性は、近年、真鍋昌賢らによって再評価が進められている。その系譜が途絶えた一つの要因は、後の民俗学が客観的・実証的な科学たることを標榜するなかで、価値の評価に関わることを徹底的に避けてきたことがあろう。柳宗悦らの民芸運動と民俗学が、趣味的・鑑定家的志向をめぐって袂を分かった経緯などにそれが表れている。
     私たちはここで、人びとの生活のなかに表れる美の問題に、新しい視点で挑んでみたいと考える。柳田の「趣味」の言葉にヒントを得て、これをものごとの良さや美しさを感じ取る能力(=感性)と捉えなおす。すると、それが特定の社会文化的な状況でどのように発現するのか、またそれに基づいて人びとが何を「美しいもの/良いもの」として選択してきたか、あるいは自らの生活を少しでも美しく豊かなものとするためにどのような技や知識を生み出し伝えてきたか、といった問題が民俗学の課題として立ち上がってくる。日々の生活実践としての「こだわり」や「工夫」のなかに美意識を見出し、それらが時代的・社会的な規範性をもちながらも、個人の創意工夫によって更新されていく様相は、狭義の表現文化に止まらず、民俗学が取り組むあらゆる研究領域のなかに見出せるであろう。こうした問題を広義の「美学」として論じる可能性を開きたい。(文責:俵木悟)

    俵木悟(成城大学)
    「良い踊りの民俗誌―踊りの評価の文化的構成」
     日本の民俗芸能研究は芸能の「芸」やその評価を論じることを避けてきた。不特定の人びとが無意識的に伝える民俗芸能という概念規定によって、個々の演者の一度ごとの上演と不可分の芸の評価は研究の埒外とされた。だが芸能実践の場では、演者と観客双方にとって芸の巧拙が主要な関心の焦点であることは間違いない。
     本発表では、鹿児島県いちき串木野市大里に伝わる七夕踊を事例に、地域の青年が演じる太鼓踊りの芸の評価がどのようになされるかを考察する。この踊りは、青年男性が一生に一度、一週間の稽古によって習得するもので、高度に洗練された熟練の芸を受け継いでいるわけではない。それでも集落代表の踊り手が少しでも高い評価を得られるよう多くの住民が結集する。その踊りの評価には絶対かつ客観的な基準は存在しない。人びとの記憶、踊り手の個人史、各時代の社会状況など多くの要因が相乗して、評価が文化的に構成される様相を明らかにしたい。

    丸山泰明(元国立歴史民俗博物館)
    「今和次郎と田園生活―造形の観察と実践の場としての郊外」
     今和次郎の研究をめぐっては、1923年の関東大震災をきっかけとして民家研究から考現学へ移行した、すなわち農村の研究から都市の研究へ移行したといわれることが多い。しかし、生活者としての今は震災をきっかけとして東京都心から西郊外に引越し、教授として勤めていた早稲田大学に電車で通勤する郊外生活者となる。震災前年の1922年に出版した『日本の民家—田園生活者の住家』で、今は農村が都市に侵食され民家が失われていく郊外化の様子を批判的に論じているが、自らもまた郊外で暮らし始めるのである。自然に囲まれた郊外で仕事の合間に菜園を耕し庭をつくる暮らしは、当時理想として語られていた都市と農村が調和する生活を実践するものであるともに、それまでの民家の見方を変えるものでもあった。今が美しく楽しい住まいについてどのように考えていたのかについて、研究の軌跡とライフヒストリーをたどりながら検討することにしたい。

    横川公子(武庫川女子大学名誉教授)
    「生活の中の手工芸における美と感性の力」
     生活の中の手工芸は、近代化の中で、暮らしの基底に沈殿した美や感性を引き受けてきた砦の一つではなかろうか。大抵の手工芸品は、制作者の手元にひそやかに置かれ、ときには贈り物や展示用に供されることもあるが、大半は、家庭の中で使用され、飾られ、しまい込まれたまま家族に受け継がれ、人の目に触れないままに忘れられてきた。しかし近年の商品化やボランティア活動には、変化が認められる。そこには、元々手工芸が内に秘めていた爆発的な力が見出せる。
    展覧会「共感のちから・無名のちから―明治・大正・昭和を生きた人々の手芸品」(武庫川女子大学資料館 平成23年度展覧会、横川監修)の試みは、手芸品が持つ底力について、改めて考えさせる。手工芸品に凝縮された、暮らしを飾ること、味わうこと、そして生きることに見出だせる美的こだわりには、未来への予兆が炙り出せるのではなかろうか。


    ■主催/共催:現代民俗学会、Anthropology of Japan in Japan、成城大学グローカル研究センター

    第26回研究会(終了)二つのミンゾク学から世界民俗学、そしてその先―グローバルでローカルで複数のフォークロア研究へ

    ポスター日 時: 2014年12月21日(日)13:30~
    会 場:東京大学東洋文化研究所3階 大会議室
    発表者:
     川田牧人(成城大学)
     梅屋潔(神戸大学)
     島村恭則(関西学院大学)
    コメンテーター:
     小熊誠(神奈川大学)
    コーディネーター:
     梅屋潔(神戸大学)・川田牧人(成城大学)・島村恭則(関西学院大学)


    趣旨:

     民俗学の古くて新しい問題の一つに「二つのミンゾク学」がある。言わずと知れた「民俗学」と「民族学」である。古くは柳田國男が『青年と学問』(S3)でこの問題をさかんにとりあげ、たとえば「〔エスノロジーを〕民俗学と訳してみたいのであるが、困るのは、「民族」という語と響が紛らわしいのみならず、べつに民族学という方がよいという者もあるので、にわかにそう決めるわけに行かぬ」(「Ethnologyとは何か」)や、「まず名前が問題になる」として、「諸君はたぶんこれを英語でいうフォクロア、またはエスノロジーの意味に解しておられるのであろう。…一方フォクロアを民俗学、他方エスノロジーを土俗学とでも訳して置くとしたらどうか」(「日本の民俗学」)などと逡巡していた。そして『民間伝承論』(S9)ではethnologyを「土俗学」とあえて音をかえて訳し、「広い意味の人類学が融合して、完全な一つの学問となるまでには、今いう土俗学はもう少し積極的に、こちらから進んで事実を集めて行く仕事になっていなければならぬ。よほど国々のフォクロアと、近い形にまでその態度を変えた後でないと、社会人類学、あるいは強いて民族学と名乗る学問とは一緒に手を繋いで並んで行くことが難しいと思う」と距離をおくいっぽうで、民俗学自体の発展については、「一国民俗学が各国に成立し、国際的にも比較綜合が可能になって、その結果が他のどの民族にも当てはめられるようになれば、世界民俗学の曙光が見え初めたといい得るのである」として「世界民俗学」を標榜していたことがうかがえる。
     「二つのミンゾク学」の問題は、日本民族学会の日本文化人類学会への改称(2004年)を契機として、日本国内でcultural anthropologyを「文化人類学」と称する傾向がつよくなったことも関係して、近年では大きな問題としてとりあげられることは少なくなったように見受けられる。しかしいっぽうを「民俗学」もういっぽうを「文化人類学」と称し分けることで棲み分けが完全になされたと考えることはできない。そもそも近年では、anthropology at homeの動きにみるように人類学による自文化研究や、その逆に民俗学における外国研究などもさかんになってきており、ますます乗りあわせが顕著になってきたともいえる。さらに、柳田の世界民俗学は近年では「グローバル・フォークロア」という観点から、内発的に成熟させた各国各地域のフォークロア研究の比較綜合がなされる段階にいたっている(島村恭則2014「フォークロア研究とは何か」『日本民俗学』278:1-34)。
     このような状況をふまえ、二つの学問分野の名称問題のみに限定して矮小化したり、また両者のちがいを峻別したりしてとじこめてしまうのではなく、どのように乗りあわせが可能なのか、いかに問題を共有できるのかといった視点での議論が生産的ではないかと考えられる。この企画で考えたいのは、制度としての側面ではない。むろん制度的側面に触れざるを得ない部分もあろうが、それらの議論は最小限にとどめ、むしろ方法論の問題として、あるいはその手前にあるものの見方やとらえ方、発想の問題として、さらには対象や問題との身のおき方、〈かまえ〉といった、学の原初的な成り立ちの部分を考えたい。 登壇者たちは、日本の特定のフィールドで調査研究をおこないエスノグラフィックな研究成果を持つと同時に外国研究をおこなっている、あるいはその逆に、日本民俗学に軸足をおきながらも外国での研究生活経験もあり外国研究にもくわしい、いわば「二つのミンゾク学」の体験者である。そこにはどのような共通性と多様性があるのか。その研究経緯から、ローカルな立脚点にたちながらそれがグローバルに協奏する複数的なフォークロア研究のありかたをディスカッションしたい。

    川田牧人(成城大学)
    「私は○○○でミンゾク学をやっている」
     本セッションの皮切りとして、「私は○○○(外国)でミンゾク学をやっている」というフレーズを考える。これは私が日本と外国の両方でのフィールドワークの手ほどきを受けたプロセスで聞かれたことばである。このフレーズをもとに、「二つのミンゾク学」デフォルト問題についてふれ、セッションの出発点としたい。

    梅屋潔(神戸大学)
    「民俗学者とは誰か?」
     私は、民俗学の周辺部で仕事をしながら、決して「民俗学者」とは呼ばれない。「民俗学」の科目を何度も担当しているのにもかかわらず。それでは 「民俗学者」とその他の分水嶺はいったいどこにあるのか? 改めて考えてみよう。

    島村恭則(関西学院大学)
    「「複数形人類学(民俗学由来)」へ:Anthropologies with strong background in Folkloristics.」
     本報告では、近年、活発化している「複数形人類学」をめぐる議論と柳田國男が構想した「世界民俗学」思想との接合について 考える。また、あわせて、「人類学的日本研究」と「民俗学」との〈積極的接合〉はいかにあるべきかについても検討する。

    タイムスケジュール(予定):

     13:30〜14:15 川田牧人「私は○○○でミンゾク学をやっている」
     14:15〜15:00 梅屋潔「民俗学者とは誰か?」
     15:00〜15:45 島村恭則「「複数形人類学(民俗学由来)」へ:Anthropologies with strong background in Folkloristics.」
     15:45~16:00 休憩
     16:00~16:15 小熊誠 コメント
     16:15~17:30 フロア・ディスカッション


    ■主催/共催:現代民俗学会・成城大学グローカル研究センター「社会接触のグローカル研究」プロジェクト

    第25回研究会(終了)民俗学の論点2014―いま民俗学が論じ、取り組むべきこと

    ポスター日 時: 2014年9月28日(日)13:00~
    会 場:東京大学東洋文化研究所3階 大会議室
    発表者:
     第四期研究企画委員(全員を予定)
    コーディネーター:
    菅豊(東京大学)、島村恭則(関西学院大学)、鈴木洋平(東京都市大学)、塚原伸治(東京大学)、川田牧人(成城大学)




    趣旨:

     現代民俗学会の設立主旨には、①先鋭化(新たな理論の構築)、②実質化(他分野との対話と開かれた議論の土台)、③国際化(国際的な広がりをもった交流)という三点の課題が謳われています。つまり民俗学研究を深め、開いていくことはこの学会のおおきな目標であるといえます。しかしその深めかた、開きかたには各自の立場やアカデミック・ポリシー、指向性、活動範囲などによって、さまざまな戦略が考えられます。とりわけ、②の他分野との対話に力点をおいて開いていくのか、③の国際的交流から開いていくのか、あるいはまた、すでに他分野に開かれた海外の民俗学研究から他分野を〈間接輸入〉すると同時にそのような他分野との協働のありかたそのものを学ぶのか、などなど、多様な道筋が想定されます。所期の目的を達成するためならばどれか一つに限定する必要はなく、その多様性の承認からはじめの一歩が生まれることが予感されます。
     学会活動も第四期に突入するにあたり、その初回の研究会では初志にもどって、このような点を徹底的に討論したいと思います。具体的には、上記の三つの課題を深めうるような研究会のトピック自体をおたがいに持ち寄り、それぞれの意義や必要性、可能性などを議論するのです。どこかで誰かがいつの間にか決めてしまっている研究会トピックではなく、自分たちで考えたい議論したいトピックで研究会を構成するのです。
     といっても、いきなり学会員全員が放談するのでは収拾がつかないかもしれません。このセッションの終わりには、今期の研究会の主要方針がかたまることがゴールなわけで、少しでもそれに接近できることが会の目的です。そのために、研究企画委員各自が、研究会でとりあげるべき課題をもちよってプレゼンテーションします。また今期の新機軸として、次世代会員を中心とした「次世代ユニット」を立ち上げますが、このユニットが研究会を担当するときのトピックを議論する公開ディスカッションもおこないます。これらをふまえ、フロア・ディスカッションによって、今期の7回の研究会と2回の年次大会の大まかな内容を決めていきたいと考えています(下記タイムスケジュール参照)。(文責:川田牧人)

    タイムスケジュールの概要:

     13:00〜15:30 第1部 研究企画プレゼン大会
     (研究企画委員による企画ユニット・プレゼン15×10分)
     15:45〜16:45 第2部 次世代ユニット・ディスカッション
     (次世代担当委員による企画のディスカッション)
     16:45〜17:30 フロア・ディスカッション
     (第1部、第2部にたいして、フロアからのコメントとさらなる討論)


    ■主催:現代民俗学会

    第24回研究会(終了)何ができて、何ができないのか―『無形民俗文化財が被災するということ』からつかみとる課題

    ポスター日 時: 2014年7月26日(土)13:00~
    会 場:東京大学東洋文化研究所3階 大会議室
    発表者:
     高倉浩樹(東北大学教授)
    コメンテーター:
     政岡伸洋(東北学院大学教授)
     木村周平(筑波大学助教)
    コーディネーター:
     菅豊(東京大学教授)・塚原伸治(東京大学特任研究員)


    趣旨:

     災害や戦争といったドラスティックな出来事によって、人間は少なからず変えられる。それはいかにも冷静ぶっている研究者とて、同じである。アメリカの民俗学者・カール・リンダール(Carl Lindahl)も、そのような大きな出来事によって変えられた研究者の一人である。
     中世民俗学、昔話、伝説研究などの口頭伝統研究の権威であった彼は、2005年にメキシコ湾を襲来した二つの巨大ハリケーン(カトリーナとリタ)災害を目の当たりにすることによって、研究者としての姿勢、研究の方向性、手法を大きく転回した。この災害で、被災地ニューオーリンズでは大量の被災者が発生し、西に数百キロ離れたヒューストンまでも押し寄せた。彼はそこで、被災者に物資を配るという直接的な支援活動に携わるなかで、多くの体験談を聞かされる。それがきっかけとなって彼は、被災者が「災害の物語」を自ら「語り」「聞き」「書く」という手法を学びながら自分自身の「物語」を管理することによって、一般社会に報道メディアなどを通じて流された偏見、差別に満ちた語りに対し、自身の声で対抗するという挑戦・「ヒューストンでカトリーナとリタから生き延びる(Surviving Katrina and Rita in Houston、略称:SKRH)」プロジェクトを立ち上げた。その活動は災害前には、リンダール自身にも想像だにできない、研究者の活動の新しい転回であった。
     日本でも、東日本大震災後、「民俗」を取り巻いてさまざまな活動が執り行われてきた。「古臭い」地元の民話にしか興味をもっていなかった民話サークルの人びとが、この災害を契機に「新しい」災害の物語を集め、記録に遺す活動を始めた。さらに、文化庁や自治体、研究者が、被災地での聞き取りやそのアーカイブ作り、民具等の文化財レスキュー、被災地文化を復活させる資金的・組織的支援などを開始した。それらもまた、災害前には想像すらできなかった「民俗」を取り巻く新しい転回であった。
     本研究会では、そのような活動の一つである「東日本大震災に伴う被災した民俗文化財調査」プロジェクトの展開過程を描いた『無形民俗文化財が被災するということ―東日本大震災と宮城県沿岸部地域社会の民俗誌―』(高倉浩樹・滝澤克彦編2014、新泉社)を、震災のエスノグラフィーとして読み込むなかで、民俗学や文化人類学研究者に「何ができて、何ができないのか」という課題について検討する。それは、単なる書誌合評ではなく、震災後の研究者の生身の活動例をもとに、その活動の開始から「成果」の生成までの過程を含めて議論することによって、今後、社会実践に向き合う研究者が顧みるべき共有知を創造することを目的としている。(文責:菅豊)。


    ■主催/共催:現代民俗学会、「新しい野の学問」研究会(科研「現代市民社会における『公共民俗学』の応用に関する研究―『新しい野の学問』の構築―」(代表者:菅豊)/東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける『民俗学』の方法的課題」

    第23回研究会(終了)政治化する「慰霊」―民俗学は応えられるか―

    ※登壇者が変更となっておりますのでご注意ください。
    ポスター日 時: 2014年7月13日(日)13:00~17:00
    会 場:国学院大学渋谷キャンパス2号館102号室
    発表者:
     及川祥平(成城大学民俗学研究所研究員)
     岡部隆志(共立女子短期大学教授)
    コメンテーター:
     西村明(東京大学大学院准教授)
    コーディネーター:
     室井康成(建設資材販売会社勤務)・菅豊(東京大学東洋文化研究所教授)


    趣旨:

     今日ほど「慰霊」というビヘイビアが「政治」の文脈で語られ、その言説が力をもつ時代はないのではなかろうか。ひと頃までは、例えば日本における過去の戦死者に対する「慰霊」のあり方が政治問題化したとしても、自己との無関係性を装うことも可能であった。しかし今日では、「慰霊」はあらゆるメディアを通して多くの人々を巻き込み、人々の属性を超えて“政治化”する様相を帯びている。言を換えれば、現代は「政治化する『慰霊』」という問題に無関係でいることが、難しくなりつつある時代であると言えるのではないか。
    その背景には、電脳空間へのアクセスが容易になり、誰もが政治的言説の生産者たりうることが可能になったという技術的な側面や、この問題をめぐる国際社会の反応に対する日本の再反応など、いくつかの要因が考えられるが、それらに加えて、9・11や3・11の経験を通じて、再び「公」のために個を犠牲にするという死のリアリティが増幅してきた結果、そうした形態での死に対する「慰霊」の問題が、今日の日本においても身近に感じられるようになったということが指摘できるのではなかろうか。
     他方、これまで日本の民俗学では、この「慰霊」という問題に対し、他の学問分野から参照されるほどの数多くの研究成果を蓄積してきた。しかしながら、件の「政治化する『慰霊』」という問題には十分に応えられているとは言えない状況にある。かつて文化人類学との対比の中で半ば自虐的に語られた「資料提供者としての民俗学」という斯学のマイナス面は、やはりこの「政治化する『慰霊』」という問題をめぐっても露呈している感が強い。
     そこで本企画では、「慰霊」という問題に対して豊富な資料を蓄積してきた民俗学が、「政治化する『慰霊』」という状況に対して、いかなる対応が可能なのか、あるいはまた不可能なのかという点について議論したい。

    及川祥平(成城大学民俗学研究所研究員)
    「民俗学は「顕彰」をどう捉えるのか」
     慰霊の政治化を民俗学が対象化し得ずにあるとすれば、その遠因は、死者の取り扱いにおける「顕彰」の側面を軽視してきたことにあると筆者は了解している。近年、記憶論的な人神研究の隆盛化にともない、「顕彰を動機とする神格化」にも関心が寄せられつつあるが、それらは今なお研究対象としては周縁的な位置付けにある。同様の問題は、民俗学的な戦死者祭祀論の多くが「政治とは無縁な民衆の論理」として御霊信仰を強調する一方、その「顕彰」的な側面を近代的かつ非「民俗」的なるものと見なす傾向にもうかがえる(もっとも、歴史上の狭義の御霊信仰は政治的状況と切り離して理解することはできない)。ここには現実の文化事象を民俗と非民俗に弁別して後者を対象から切り捨てていく、民俗純粋化志向とでも名づくべき学の認識論的な偏向が影をなげかけているかのようである。
     「顕彰」という観点は、「異常な死」だけではなく、「特筆すべき生」もまた死者の記憶化を結果する、という事実への気づきをもたらす。それを考察することは、社会的価値・規範や道徳、あるいは権威との、人々のつきあいのあり方を正視することにつながっていく。犠牲を尊び、すぐれた人を讃え、権威に跪拝し、栄誉・名声を欲する意識は、生活者の素朴な幸せの希求と無縁ではなく、また、日常的なふるまいに作用する政治性と関わる。本発表では、以上の認識のもと、民俗学における死者論の偏向を問題化しつつ、「顕彰」が切り拓く議論の可能性を探ってみたい。


    岡部隆志(共立女子短期大学教授)
    「慰霊の心性」
     山折哲雄は、戦時中真面目に歌わなかった「海ゆかば」を戦後になって聞き、「地の底にひきずりこむような哀調が全身を押しつつみ、神経が逆立つ緊張感が襲ってきた」と述べている(『これを語りて日本人を戦慄せしめよ』)。よく知られた「海ゆかば」は昭和12年に信時潔によって作曲されたものである。この歌曲は戦意高揚歌として作られたが、実際は戦死者への黙祷の歌として歌われていく。丸山隆司『海ゆかば-万葉と近代』によれば、ひめゆり学徒隊が死を覚悟したときにこの歌を合唱したという。この歌には情によって死者との境界をひらく力があるように思われる。旋律の力もあるが何よりも「海行かば水漬く屍/山行かば草むす屍」と「屍」が歌われるからだろう。かつて中国雲南省イ族の葬儀を調査したことがある。まず死者の遺体を村の女が取り囲み哭き歌を歌う。この葬儀を最後まで調査した遠藤耕太郎によれば、哭き歌を歌う女達は火葬の場には近づけず火葬は男達が行うという。遺体を通して引き起こされる強い情は日常性の回復のためにはいったん抑圧されなければならない。が、抑圧された死者への情はどこかで立ちあらわれざるを得ない。日本で多く建立される慰霊塔はそのような情をかき立てる依代でもあるだろう。「海ゆかば」で歌われる屍にも依代としての強い意味作用があったのではないか。以上のような考察を通して、慰霊の背後にある古代的とも言える心性について考えていきたい。


    ■主催:現代民俗学会・日本民俗学会

    第22回研究会(終了)社会的排除に民俗学はいかに向き合えるのか――排除の日常・文化を記述する術を探って

    ポスター日 時: 2014年3月29日(土)13:00~
    会 場:成城大学3号館2階 321教室
    発表者:
     今野大輔(成城大学民俗学研究所)
     飯倉義之(國學院大學)
    コメンテーター:
     政岡伸洋(東北学院大学)
     柏木亨介(蔚山大学校)
    コーディネーター:
     今野大輔(成城大学民俗学研究所)・及川祥平(成城大学民俗学研究所)

    趣旨:

     民俗学は経世済民の学であり、現代的問題の解決を目指す学問である。そのような自己規定のもと、社会への成果の還元、あるいは研究課題の現代性ということを、民俗学者は常に意識してきた。しかし、にも関わらず、現代日本に累積する社会的課題を見渡すかぎり、民俗学には同時代の問題状況に対して発言し得るだけの蓄積がない場合があまりにも多い。「社会的排除」もそのような問題の一つである。国際社会においては、あらゆる人権の侵害状況の克服が課題視されている。現代日本社会においても無数の排除的状況が多様性・複雑性を増しながら生産され続け、問題化していることは周知の通りである。
     もっとも、人々の生活に寄り添ってきた民俗学が、この種の問題に無関心であったわけではない。過去からの拘束性や文化的問題に起因して現在に顕在化する排除や差別に対し、民俗学のデータ蓄積は、その問題性や無根拠性を実証的に明らかにし得る点できわめて重要な意義をもつ。一方で、当該領域に対する民俗学のスタンスの消極性が問題視されていることも事実である。『日本民俗学』252号において企画された特集「差別と民俗」は、学会としては初の差別・排除の主題化であり、この方面の議論の活発化が期待された。しかしながら、この特集号以降、6年もの月日が経過しようとしているが、民俗学における当該領域の研究が目覚ましく前進したとは言い難い。民俗学が社会的排除と向き合う上では、これまでの成果をふまえた上で今後の議論の方向性をさぐる場をもうける必要があるのではないだろうか。
     有り得る方向性の一つとして、本研究会では、排除を導く様々な差別的偏見(事実誤認に基づく/を導くフォークロア)に照準する可能性を検討する。それがどれほど無根拠であっても、人々をカテゴリー化し、ステレオタイプにあてはめ、そこに特殊性を幻視するような言説が、コミュニケーションの中でリアリティを獲得し、人々の意識を拘束してしまうことがある。この排除的な日常生活の局面を民俗学的に見据える作業、すなわち、「人はどのように、どのような排除・差別を行なってしまうのか」ということを記述的に明らかにする道筋は、幻想が生きながらえてしまう現象ないし状況を相対化することに寄与し得るのではないだろうか。
     以上の趣旨に基づく本研究会では、登壇者として民俗学的見地から特にハンセン病差別の文化的要因を主題として議論を展開してきた今野大輔氏を招き、民俗学における差別研究の状況を批判的に整理していただき、自身の研究構想とともに差別研究に残されている課題を鮮明化していただく。また、民俗学の中でも〈口承〉研究ないし「世間話(日常の語り)研究」から飯倉義之氏を迎え、特に日常的コミュニケーションの中に顕在化する差別的眼差しや排除の論理を民俗学が記述することの可能性を検討していただく。
     以上により、社会的排除という今日的で大きな課題に、民俗学はどのように向き合っていくことができるのかを探りたい。

    ■主催:現代民俗学会

    第21回研究会(終了)パブリック民俗学とパブリック人類学の対話可能性

    ポスター 日 時:2013年12月15日(日)13:00~
    場 所:東京大学東洋文化研究所・3階第一会議室(本郷キャンパス)
    発表者:
     発表1:菅豊(東京大学東洋文化研究所教授)
     「public folkloreから公共民俗学へ―人びとの、人びとによる、人びとのための知識生産と社会実践」
     発表2:関谷雄一(東京大学大学院総合文化研究科准教授):
     「応用人類学と公共人類学―開発援助と被災者支援にみる情報共有の重要性と難しさ」

     コメンテーター1:俵木悟(成城大学文芸学部准教授)
     コメンテーター2:河合洋尚(国立民族学博物館助教)
     コーディネーター:河合洋尚、菅豊

    趣旨:

    近年、公共性論、市民社会論が席巻し、学問と社会との連携を求める声の高まりを受けて、「公共哲学」「公共社会学」「公共考古学」「公共民俗学」「公共人類学」など、ディシプリンに「公共」の文字を冠する学問分野が数多く登場している。しかし、互いの理論・方法論についての対話は、これまでほとんどなされてこなかった。とくに、民俗学と人類学(民族学)は、いずれもフィールド(野)における聞き取り調査を基盤としており、かつては同じ「ミンゾクガク」として歩みをともにしてきた隣接分野であったものの、両者の対話はまだなされていない―むしろ遠ざかっているようにもみえる―。人類学は海外の研究を主眼とした分野であると認識されがちであるが、民俗学でも海外研究は進められているし、何よりも社会との連携を求められる「公共人類学」では日本国内の研究が主要になっている。では、こうしたなかで「公共民俗学」と「公共人類学」は、どのような点で異なっているのだろうか。また、互いの経験をどのように参考とすることができるのだろうか。本シンポジウムは、これらの問題を起点に、両者の対話可能性(もしくは不可能性)について議論することを目的としている。なお、ここで「公共〇〇学」ではなく、「パブリック〇〇学」という用語を使うのは、日本語の「公共」と英語の「パブリック」とではニュアンスが異なるためであり、両分野が「パブリック」のあり方をどのように捉えていくのかという問題も議論の焦点となる。

    主催/共催:日本文化人類学会課題研究懇談会、現代民俗学会、東アジア人類学研究会、「新しい野の学問」研究会(科研「現代市民社会における『公共民俗学』の応用に関する研究―『新しい野の学問』の構築―」代表者:菅豊)

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    第20回研究会(終了)生活環境主義とは何か?―民俗学の思想を問い直す

    ポスター日 時:2013年11月16日(土)13:00~
    場 所:東京大学東洋文化研究所・3階大会議室(本郷キャンパス)
    登壇者:
     基調講演者:
      鳥越皓之(早稲田大学教授)
     コメンテーター:
      宮内泰介(北海道大学教授)
      菅豊 (東京大学教授)
     コーディネーター:
      菅豊室井康成(東京大学特任研究員)

    趣旨:

     生活環境主義とは、被害構造論、受益圏・受苦圏論、社会的ジレンマ論などとともに、日本の環境社会学において発展した重要な理論で、社会学者であり民俗学者でもある鳥越皓之氏や、嘉田由紀子氏らによって、1970年代末から提唱されてきた理論である。それは「ゆるやかなイデオロギー」であり、結果、「当該社会に居住する人々の生活の立場」という基本的な立ち位置から、地域住民の生活現場に立ち現れる環境問題を分析・考究する知識生産の指針となり、また、その現場で環境問題の解決を模索する社会実践の指針となってきた。
     ディシプリンの壁を容易く乗り越え、民俗学と社会学を行き交う鳥越氏の方法や理論は、こと民俗学に限っては過剰なまでに看過されてきたように思えてならない。同氏らが提唱してきた生活環境主義が、実は柳田国男の「民俗学」にこそ、その淵源が求められた「民俗学の思想」であることを、残念なことに多くの民俗学研究者は知らない。また、その理論が社会学のみならず、現代社会のさまざまな場―政治も含め―で大きな影響力をもってきたこと、そしてそのゆるやかなイデオロギーが、文化をも巻き込んだ「生活主義」という形で、民俗学の方法として昇華される可能性があることにも、惜しいことにおおかたの民俗学研究者が気がついていない。
     本研究会では、生活環境主義のオピニオン・リーダーともいえる鳥越皓之氏をお招きし、いまだ民俗学で十分に検討されていない「民俗学の思想」=生活環境主義の生成過程、具体的な意味内容、その有効性と課題、そして「生活」を基盤とし優先するこの思想の民俗学における意義について基調講演をしていただく。それをベースに、鳥越氏と参加者とで「民俗学の思想」を問い直す議論を深めたいと考えている。(文責:菅豊)。

    主催/共催:現代民俗学会、「新しい野の学問」研究会(科研「現代市民社会における『公共民俗学』の応用に関する研究―『新しい野の学問』の構築―」(代表者:菅豊)/東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける『民俗学』の方法的課題」

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    第19回研究会(終了) 商店街は滅びるのか?―ポスト・「三丁目の夕日」時代のアクチュアリティ―

    サンプル日 時:2013年9月28日(土)13:00~
    場 所:東京大学東洋文化研究所・3階大会議室(本郷キャンパス)
    登壇者:
     発表者:
      新雅史(学習院大学非常勤講師)
       「商店街とはいかなる空間なのか」
      竹川大介(北九州市立大学教授)
       「メディア=媒体としての市場―世界と私の間にあるものを考える―」
     コメンテーター:
      塚原伸治(日本学術振興会特別研究員/東京大学東洋文化研究所)
     コーディネーター:
      塚原伸治菅豊 (東京大学東洋文化研究所教授)

    趣旨:

     商店街に魅力を感じる人は今なお多い。映画版「三丁目の夕日」が大ヒットしたことは記憶に新しいが、それが昭和30年代ブームあるいは昭和レトロブームと呼ばれるような現象と同様の、ノスタルジックな欲求に支えられたものであったことは間違いない。商店街の活力が失われ、「シャッター商店街」が目立つようになっているという現状との対比もあり、失われつつある(あるいは失われた)かつての価値が商店街という場に過剰に与えられてきた。
     このような「三丁目の夕日」幻想、あるいはそれを支えるノスタルジーに対して、私たちが自覚的であることは常に重要である。しかし、実際の現場に今いちど目を向けてみれば、商店街の現実がすでにその先に進んでいることも、また理解されるであろう。当事者によってすでにじゅうぶん自覚化され、資源化されている「商店街」を取り巻く言説を偏ったものとする、民俗学のフォークロリズム批判の視点のみでは、現場をアクチュアルに描き尽くすことはできない。ましてや、「下りたシャッター」を再び「上げる」ことなどできるはずもない。
     いまや商店街という場には、商店街で商いを営む人びと以外にも、行政や専門家、コンサルタントなど、様々な立場とスキルをもつアクターがすでに深く入り込んでいる。そのような場で、既存の関わり方とは異なる方法を意識するふたりの研究者―社会学者と人類学者―が、知識生産と社会実践に関わっている。彼らは、大文字の学知による「商店街の活性化」とは異なる道筋の可能性を模索している。
     おそらく、彼らがその先に採用する方法は、商店街の衰退という「問題」を所与のものとし、その「問題解決」の処方箋を簡単に発行するようなものではなく、フィールドの人々に寄り添い、人びととの関わりのなかで課題を発見し、その課題へと向き合う複雑な応答と、多声的な解を人びとの動きのなかに探し求める民俗学的方法と重なり合うのであろう。本研究会では、このような「三丁目の夕日」幻想批判を越えた現実について、商店街で活動するふたりの研究者の実践をもとに、商店街のおかれた現実と、進み行く将来とを展望する。そして、さらに、その具体的な検討から、民俗学的手法の彫琢にむけた議論へと展開したい。

    新雅史(学習院大学非常勤講師)
    「商店街とはいかなる空間なのか」
     商店街はどのような空間なのか――それは、素朴であるように見えて、答えるのがやっかいな問いである。一定程度に商店が集積することを指すならば、スラムもそれに当てはまるし、ひとつの建物にテナントが集積しているショッピングモールも商店街となるだろう。結論先取でいうならば、商店街はスタティックな定義がむずかしい規範的構築物である。以上の観点から、商店街がどのような文脈から言説化され、それが国土に埋め込まれ、かつそれが主体化していったかを議論する。


    竹川大介(北九州市立大学教授)
    「メディア=媒体としての市場―世界と私の間にあるものを考える―」
     北九州市の生鮮市場に「大學堂」という店舗を持って5年が過ぎた。学生たちと週5日店を開けている。2階にはギャラリーである「屋根裏博物館」や、宿泊ができる「大王の間」も作った。そこが市場だから商売もする。投げ銭音楽ライブもする。旅人が立ち寄る。このごろは縁台将棋がはやりはじめた。つまり世界と私をつなげるメディアである。発表では、ここで実際になにが起きつつあるのかをつまびらかに報告するので、この現象をなんと呼べばよいのか教えてほしい。


    主催/共催:現代民俗学会/「新しい野の学問」研究会(科研「現代市民社会における『公共民俗学』の応用に関する研究―『新しい野の学問』の構築―」(代表者:菅豊・東京大学東洋文化研究所教授))/東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける『民俗学』の方法的課題」

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    第18回研究会(終了) 現代文化をどう捉えるか―金益見氏の調査方法から学ぶ―

    サンプル日 時:2013年7月27日(土) 13:30~18:00
    場 所:東京大学東洋文化研究所・3階大会議室(本郷キャンパス)
    登壇者:
     発表者:金益見(神戸学院大学人文学部専任講師)
     コメンテーター:加賀谷真梨(国立民族学博物館機関研究員)
     コーディネーター:室井康成(東京大学東洋文化研究所特任研究員)・菅豊 (東京大学東洋文化研究所教授)

    内容紹介:

     民俗学の基礎的な営為の一つに民俗誌の作成がある。これは、対象とする地域の民俗文化の調査・分析・成文化といった過程を経て成立するものであるが、今日、こうした営為は民俗学の専売特許ではなくなった。いわゆるアカデミック民俗学の訓練を受けていない個人や市民団体・郷土研究サークルが、従前の民俗学が世に問うてきたものと比しても遜色ないか、あるいはそれ以上の高い水準の民俗誌を編み上げることも、もはや珍しいことではなくなった。そうなると、アカデミック民俗学の独自性とは、いったい何なのか、自問せざるを得ないであろう。
     一方、現代文化、すなわち世相の移ろいを同時代的に捉え、民俗誌としてまとめてゆくことも、かつての民俗学が担った重要な役割であった。例えば宮本常一は、民俗学の主たる調査対象地域が農山漁村であった時代に、戦後の新憲法の理念や高度経済成長が人々に与える影響を、その生活様式の変化に焦点を当てることでダイナミックに記述していった。その成果は、等身大の同時代史として社会に受け入れられ、民俗学のみならず、その外部に対する影響力も少なからぬものがあった。しかし残念ながら、現在の民俗学は、宮本ほどインパクトのある成果を社会に対して提示できているとは言えない。
     そうした中、2008年に、当時大学院生であった金益見氏が著した『ラブホテル進化論』(文春新書)が刊行された。同書は、従前の人文・社会科学研究で対象化されてこなかった課題を選択したという目新しさで大きな話題を集めたが、何よりもその成果は、広義の「貸間」であるラブホテルの名称や意匠の変遷史から男女間の力関係や性愛をめぐる羞恥感情の変化を読み解いたことや、その設立数の増減の背後に高度経済成長期に起った家族構成の変化や住居の間取りの一般化を看取するなど、多くの発見を獲得し、さらにこれを日本文化論の領域にまで高めたことであった。同書により、それまで未見であった事実が明らかになったケースも多く、加えて私たちの身辺にある細かな事柄に着目し、課題化するといった姿勢は民俗学にも通じるところがあり、示唆に富む成果であると言える。
     そこで今回の研究会では、同書の著者である金益見氏を発表者に迎え、同書にまとめられた研究で金氏がとった調査手法という問題に焦点を絞り、金氏自身の調査体験談を踏まえながら語ってもらうことにした。そして一連のラブホテル研究を通じて金氏が獲得した視点や調査手法が、金氏が現在取り組んでいる夜間中学を対象とした識字問題に関する研究やインタビュー論へと、どのように結び付いているのかという点について発表をお願いし、現代文化を捉える上で有効な視点や調査手法とは何か、そこから浮かび上がってくる問題とは何かを、金氏との対話の中から考えてゆきたい。

    主催/共催:現代民俗学会/東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける『民俗学』の方法的課題」

    金益見氏の発表趣旨:

     私は学生時代、江戸時代から現代に至るまでの貸間産業の変遷、つまりラブホテルがラブホテルと呼ばれるようになるまでどういう経緯があったのかということを調べました。先行研究がほとんどなかったため、現場に行って調べるという方法しかなかったのですが、実際のところラブホテルに調査に行っても門前払いが続きました。そんななか、どうやって業界に入りラブホテルを調査することができたのか?今回は、研究の中身ではなく、方法をお話したいと思います。またラブホテル研究後に発表した漫画家さんのインタビュー、夜間中学校の取材など、現場に行って人に話を聞き何かを掴んで帰ってくるにはどうしたらいいのか、これから何かを研究したいと考えている学生さんにも届くようにお話できればと思います。

    金益見氏プロフィール:

    金益見(きむ・いっきょん)
     神戸学院大学人文学部専任講師。博士(人間文化学)。1979年大阪府生まれ。在日コリアン3世。著書に『ラブホテル進化論』(文藝春秋/2008年/第18回橋本峰雄賞受賞)、『サブカルで読むセクシュアリティ―欲望を加速させる装置と流通』(共著/青弓社/2012年)、『性愛空間の文化史―「連れ込み宿」から「ラブホテル」まで』(ミネルヴァ書房/2012年)、『贈りもの 安野モヨコ・永井豪・井上雄彦・王欣太 ~漫画家4人からぼくらへ』(講談社/2012年)『やる気とか元気がでる えんぴつポスター 』(文藝春秋/2013年)ほか。

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    第17回研究会(終了)『介護民俗学』という問い―六車由実氏との対話

    サンプル 日 時:2013年3月16日(土) 13:00~17:30
    場 所:東京大学東洋文化研究所・大会議室(本郷キャンパス)
    演 題:介護民俗学の実践とその反響
    登壇者:
     発表者:六車由実(民俗研究者/デイサービスすまいるほーむ管理者・生活相談員)
     コーディネーター/討論者:
         岩本通弥(東京大学)
         山泰幸(関西学院大学人間福祉学部)

    ■主催/共催:現代民俗学会/科研基盤研究(B)「民俗学的実践と市民社会―大学・文化行政・市民活動の社会的布置に関する日独比較」/東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける『民俗学』の方法的課題」

    内容紹介:

     2012年3月に出版され、各方面で大きな反響を呼んでいる、六車由実著『驚きの介護民俗学』(医学書院)を、著者も交えて、改めて「民俗学」の問題として、その「方法」に引き付けて議論する。同書は、今日的な課題である介護や福祉のあり方を鋭く問いつつも、「驚き」という感受性豊かな筆致によって、極めて優れた(エスノグラフィックな)読みものとして、すでに高い評価を受けている。主要な新聞・雑誌の書評欄に数多く取り上げられており、内容の紹介は省略するが、研究会参加者には、同書のほかに、日本記者クラブ主催の「著者と語る」での会見(7月25日、You-tubeで公開中)や、立命館大学大学院の先端総合学術研究科公開企画の書評セミナー(5月25日)の元になったであろう、上野千鶴子氏の書評「回想法でも傾聴でもなく、そして民俗学でもなく」(共同通信4月1日配信)などを合わせ読んでおかれることを、参加の前提として要望しておきたい。なぜなら本研究会では、介護現場の実態などに関しては、それらを参照いただき、あくまで民俗学としての「問い」に、論議を集中させたいからである。
     六車氏は「介護民俗学」という命名には、2つのメッセージが込められていることを、随所で繰り返し述べている。一つは民俗学で培ってきた経験や知識・技術が介護現場に役立つ可能性であり、もう一方は民俗学や民俗学者に対するメッセージである。例えば、聞き書きとは何かをはじめ、本書は民俗学的な論点が多岐に渡って鏤められている。埋もれた近代庶民のなりわい=「忘れられた日本人」の発見・掘り起こし・記録化の問題をはじめ、回想法の問題点や聞き書きとの相違、また民俗学における実践性のあり方等々、多種多様な視角が盛り込まれているが、今回の研究会では、本書の帯にも「語りの森へ」という第4章のフレーズがあるように、①語りと聞き書き、②身体に刻まれた記憶、③民俗学的実践性の3点に限定して討議を尽くしたい。「語り」に焦点をあてることで、民俗学のあり様や、なぜ民俗学は「聞き書き」という手法を用いてきたのか、また民俗学とは何なのか、著者六車氏の民俗学に対する「思い」を中心に語っていただいた上で、①と②に関する2名のコメンテーターの質問、および会場からの質疑応答で出てくるであろう③について、深く追究していきたい。
     「聞き書き」はおそらくインタヴューや取材とは異なるものだろうし、最近の質的調査法を用いた社会学やナラティヴ・アプローチを駆使する質的心理学などと、どこが何が違うのか。その違いをもたらすものは何なのか。また人が自らの人生を語るとはどういうことなのか。その固有の経験を人に語り伝える、あるいは伝えたいという行為や心持ちとはいったいどういうものなのか。民俗学は話し手の経験や想いを聞き取る学問だと自ら称してきたものの、彼ら/彼女らが本当に語りたいものを塞いできてしまった反省など、討議を通じて明確化したい。
     特に①に対する討論者は、本書が多くの読者を惹きつけたのは、介護される人びとに寄り添い、その「声」を上手く活かしただけでなく、叙述の主語があくまで「驚き」の主体である六車氏本人であったこと、従前の民俗学に多かった中途半端な客観主義を排除したところに、読者に「驚き」=面白さやリアリティを伝える、一つの仕掛けがあったと考えている。著者の「感じたるまま」という間主観性を、加減せずに叙述した点は、現場と研究の立場との往還運動で生まれた、現象学的記述(エピソード記述)そのものであった可能性を問い掛ける。
     ②に対する討論者は、語りと身体的記憶との関係性を問い直す。一般に「語り」を扱う研究者は、「語り」の信憑性を保証できる語り手を暗黙のうちに想定してきたのではないか。ところが、六車氏が聞き書きの相手として見出したのは、従来の想定を超えた語り手であり、語り手の発見によって、彼ら彼女らの語りから予想もしていなかった過去の記憶=歴史が明らかにされるのである。その意味で、そこには二重の「驚き」がある。六車氏は、さらに語りだけではなく、身体的記憶へと対象を拡張していくが、そこで見出される身体的記憶と語りとはいかなる関係性にあるのか。またそれらを研究者が理解しようとする場合にどのような難しさがあり、両者にはどのような違いがあるのか。そもそもそこで得られた理解には、介護と民俗学、そしてこれからの民俗学にとって、どのような意味があるのかについて、議論したい。
     以上のような「介護民俗学」という試みを、民俗学はどのように受け止めるのか。あるいは介護民俗学は、民俗学に独自の潜在的な可能性を掘り起すものなのか。民俗学の実践性の方向を示すものなのか。著者の六車由実氏を迎えて、活発な議論を交わしたいと考えている。

    発表要旨:発表タイトル「介護民俗学の実践とその反響」

    民俗研究者/デイサービスすまいるほーむ管理者・生活相談員 六車由実

     拙著『驚きの介護民俗学』を刊行して以来、多くのメディアで取り上げられ、また一般読者や様々な分野の専門家からも評価していただいている。多くは、介護や福祉の現場での聞き書きや民俗学的視点・方法の有効性を評価するものであったが、今回本学会において介護民俗学をテーマとして取り上げていただくことになり、拙著でのもう一つのメッセージである「民俗学にとっての介護現場のもつ意味」について、民俗学の研究者のみなさんと初めて議論できる場ができたことに、心からの感謝と大きな期待を抱いている。
     私は初めから民俗研究をする目的で介護の世界に入ったわけではない。ところが、介護現場での利用者との具体的な関わりが、あるいは介護現場で実践されるケアへの率直な疑問が、私に、自分が民俗研究者であることを自覚させ、それまで培われてきた民俗学の方法や関心のあり方の意味を改めて問い直させることとなったのである。そして、私は、介護現場で介護職員であり民俗研究者として実践し続ける覚悟を決めた。
     拙著の書評で、上野千鶴子氏は、民俗学者が研究目的で介護現場へ関わることへの懸念を述べているが、私はそれでも敢えて、民俗を研究する多くの者が民俗学的関心をもって介護現場へ入ってくることを望みたい。それは、介護現場が民俗資料の宝庫であるということばかりではない。民俗学者の関わりが、閉鎖的な介護現場―しかし本来は多様な生き方をしてきた多様な利用者がいる介護の世界を社会へと開いていくきっかけになるだろうと思うからだ。そして、民俗学者自身にとっては、予定調和的には終われない介護現場における聞き書きによって、自らの行う民俗学研究の方法や目的、意味の問い直しが促されるとともに、新たなテーマや方法の発見につながる可能性も秘めていると考えるからだ。
     発表では、このような関心のもと、介護現場での私の実践とその反響、そしていくつかの展開を具体的に紹介していきたいと考えている。

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    第16回研究会(終了) private sector/public sector民俗学の経験との対話

    サンプル 日時:2012年12月1日(土)13:00~18:00
    場所:京都リサーチパーク (京都市下京区中堂寺南町134番地)4号館ルーム2
    表題:private sector/public sector民俗学の経験との対話-これからの「公共民俗学」のために―
    発表者:
     山路興造(元京都市歴史資料館長)「私と私的民俗学」
     植木行宣(元京都府教育委員会文化財保護課)「民俗文化財の研究と保護をめぐって」
     蘇理剛志(和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課)
            「民俗学知の活用と民俗芸能―紀州東照宮祭礼・和歌祭の御船歌を事例に―」

    ■コーディネーター:俵木悟(成城大学文芸学部准教授)・菅豊 (東京大学東洋文化研究所教授)
    ■主催/共催:公共民俗学研究会/現代民俗学会/京都民俗学会/科研基盤研究(B)「市民社会に対応する『公共民俗学』創成のための基礎研究」

    趣旨

     およそこの50年間、民俗学が大勢において大学の学問になってきたなかで、芸能・祭礼研究は、大学に属さない多くの民間の研究者、あるいは公共部門の研究者が主導的な役割を果たしてきた領域である。その背景には、比較的早くに芸能や祭礼が「文化財」として行政に組み込まれ、また同時に観光、地域振興、教育などの資源として社会的な意義を見いだされてきたことがあると考えられる。いわば社会的な需要の多い研究領域であり、それに応じて研究者としての多様な関わり方があり、かつその多様な関わり方が、行政機関や公益財団の職員、博物館・資料館の学芸員、各種の研究機関の研究員、さらには調査や記録作成事業に携わる監修者や調査員などといったかたちで制度化され、保証されてきた。このように組織化された体制によって、全国的に個別事例の報告が蓄積され、それを資料とする実証的な研究がなされてきたことは、芸能・祭礼の民俗学的研究の特徴であり、ひとつの達成である。
     しかし一方で、芸能・祭礼研究と社会との接点は文化財という制度のみであるかのような風潮も生じ、生活実践から遊離して「文化財学」化したという批判を受けるのも、故無しとはしない。関わり方は多様でありながら、その多くが文化財を中心とする国家の施策のもとに編成されてきた、あるいはそれこそが研究者に求められる役割であると考えられてきたとも言えるであろう。
     これからの公共民俗学では、こうした「公」的なあり方をふまえつつ、すべての人に開かれ、誰もがそれを利用し、実践し、批判することができる「共」的な学問のあり方と接合していくことが求められている。その実現を目指して今回のワークショップでは、民間の研究者として、また公共機関の研究者として豊富な経験と実績をもつ2名、そして今まさに制度と地域社会との接点で活動する1名に、それぞれの立場で行ってきた研究の意義や成果、そしてその限界について発表していただく。この経験を共有し、対話することを通して、これからの公共民俗学の可能性を考えてみたい。

    山路興造(元京都市歴史資料館長)
    「私と私的民俗学」

    【要旨】
     私は民俗学の研究者ではないと思う。民俗芸能学会代表理事と芸能史研究会代表委員を、すでに15年近く勤めているので、民俗芸能と日本芸能史についてはそれなりの研究を積み重ねてきた思いはある。また東京教育大学の史学方法論の教室に潜り込んで、民俗学の研究方法を模索したし、私自身の調査フィールドを大切にし、石見在住の民俗研究者牛尾三千夫を師と仰いで、その方法論を体得もした。
     しかし、私の興味は、各時代の民衆が喜怒哀楽を託し、生活の糧とした「芸能」の歴史にあった。その意味では私の興味は歴史という縦軸にあり、現在という視点で広がりを考える横軸に対する興味は薄い。そのことに気がついた頃、京都の西田文化史学の存在を知り、民俗芸能研究の師であった本田安次の元を離れて京都に移住した。といっても、学問体系の一部に組み込まれた歴史学に潜り込んだわけではない。また芸能史といっても、私の興味は、現在に伝承された古典芸能ではなく、民衆が熱狂してやがて捨て去った芸能の姿を、歴史学・民俗学・絵画史・日本文学など、既成の学問体系に捉われることなく考えることであり、それ故に民間研究者として今日に至っている。

    植木行宣(元京都府教育委員会文化財保護課)
    「民俗文化財の研究と保護をめぐって」

    【要旨】
     私は20年余にわたり京都府で無形と民俗文化財の保護行政にたずさわってきた。着任した1967年当時は、両部門ともにいまだほとんど認知されておらず、どこに何があるかといった基礎的データーさえ皆無の状態であった。当然ながら保護のためのマニュアルなどは存在せず、文化庁に問いをなげても実際的な指導助言は期待できなかった。
     担当者として呼ばれたのは、私が日本の芸能文化史を研究していたからである。つまりは即戦力と期待されたわけであり、まずは祭や民俗芸能についての基礎的調査をすすめつつ、民俗の保護はどうあるべきかを模索することになった。しかし、その教材である歴史や民俗研究から具体的に役立つ成果は得られなかった。天下の祇園祭についてさえ、山鉾についての具体的な歴史的研究はなく、民俗学研究は折口の依代説による意味論に終始しほとんど思考停止状態にあり、自ら臨床的研究を行なわねばならなかった。
     国の文化財保護施策は指定して保護をはかるのが基本である。しかし、民俗の評価は資料的価値が基本であり、資料としての絶対的価値は等価である。記録を作成してその保存をはかる措置は民俗の本質に基づくものであるが、保存の名に値する記録作成についての議論はいまもさして進んでおらず、映像による記録などは手探りの域をでない。
     文化財保護に関わる研究成果は行政の現場における臨床的研究に負うところが多大である。ところがそうした取り組みについては、民俗学研究者は概して冷淡でその成果も民俗学研究に反映されているとはいえない。
     地域社会にとって祭りや芸能はそれぞれにかけがえのない伝承である。それを資料的価値が低いからといって切り捨ててはならない。京都府が最期まで、国が提示したモデルによる条例を制定せず、「未指定文化財」保護への財政措置や指導助言を行ない、条例制定に当たっては現状から議論を積み上げ、ランキングではなく登録制度による面的保護を重視したのはその故である。
     今回は、そのあたりをふり返りつつ、いま民俗文化財が直面している諸問題について考えてみたい。

    蘇理剛志(和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課)
    「民俗学知の活用と民俗芸能―紀州東照宮祭礼・和歌祭の御船歌を事例に―」

    【要旨】
     和歌山県には、民俗学を研究・専攻できる大学や研究機関がなく、そのため県下の民俗学研究は、長年にわたり外部の研究者や郷土史家らの個別研究によって進められてきた。柳田的にいえば、和歌山県下の民俗研究は「旅人の学」と「同郷人の学」による成果といえる。
     パブリック・セクターの民俗学研究者は、いわば「寄留者の学」といわれる立場の一つの存在形態に位置づけられる。しかし、そこで従事する仕事は多岐にわたり、文化財保護行政や博物館業務で自らに課された本来業務としての学問的な専門性以外に、それとはまた別の次元において自らがもつ「民俗学知」というべき経験や知識が求められたり、それを活かす機会を与えられたりすることが多い。
     兵庫県神戸市生まれの私は、縁あって和歌山県で文化財保護行政の担当者として奉職したが、2010年には、紀州東照宮の祭礼である和歌祭で歌われた「御船歌」を30年ぶりに復活させ、民俗芸能の実演者として祭りに参画することになった。  御船歌復活の企ての過程では、こうした自らの仕事と研究および趣味の領域にわたる知的好奇心を元に、有機的な出会いの場が生まれ、相互の交流や企画提案、また自らの表現・実践など、「民俗学知」を意識的に活用した結果として、人々に直接的に喜ばれる社会的実践へと繋がっていった。
     発表では、これまでの公的また私的な自分の経験を通して、芸能・祭礼の研究者と地域社会や実演者との間にある一線のあり方や、フィールドの捉え方、その関係性について、今後の一つの有り様を示すことが出来ればと思う。

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    第15回研究会(終了) 現代生殖医療を民俗学はどのように考えるのか

    サンプル 日時:2012年9月8日(土)14:00~
    場所:お茶の水女子大学生活科学部会議室(大学本館130室)
    表題:現代生殖医療を民俗学はどのように考えるのか
    発表者:
     マルセロ・デ・アウカンタラ(お茶の水女子大学)「家族法学からみた現代生殖医療」
     宮内貴久(お茶の水女子大学)「生殖医療の現状とエコー写真」
    コメンテーター:
     白井千晶(早稲田大学)

    ■コーディネーター: 刀根卓代・宮内貴久
    ■共催:お茶の水女子大学比較日本学教育研究センター、女性民俗学研究会

    趣旨

     1978年7月25日にイギリスで初めて体外受精が成功した。
     その前日の朝日新聞三面には「近づく『試験管ベビー』の誕生」、「真剣に生命・道義論」「奇形・異常児を懸念」「科学の奇跡 『だが次に何が』…」という戸惑いを感じさせる見出しが掲載されている。
     翌日の体外受精成功を伝える一面には「初の体外受精児誕生」「英の病院 帝王切開で女子」「2600㌘、母子とも順調」「医学・倫理 賛否両論の中」「対応迫られる科学者たち」という見出しが掲載されている。十面には「果たして医学の勝利か」という大見出しがあり、「不妊の苦しみ救う」「養子の方が自然だ」「こわい奇形の発生」「賛否の声さまざま」と識者のコメントが寄せられている。さらに「せつない不妊の人 医学研究は勇気も必要」という記事が掲載され、賛否両論の意見が紹介されている。それに対して十一面はステブトー博士・エドワーズ博士の記者会見の写真と「元気に“世紀の赤ちゃん”」「不安吹っ飛ばす産声」「過去四百例すべて失敗」「一時は生命の危機」「両医師、12年地道な研究」という見出しで、成功するまでの経緯が伝えられている。
     日本における体外受精は、1983年に東北大学医学部で成功したのが始まりである。1991年12月には顕微受精の臨床応用を日本産婦人科学会が承認される。1992年4月には宮城県のスズキ記念病院で顕微受精が成功し、受精率は100%となった。
     これまで民俗学が明らかにしてきたように、子が得られない場合には養子を取る、取り親取り子のように未成年の男女の子供を養子に迎えて成人すると結婚させてイエを継がせるなど、必ずしも血縁が必要とはされてこなかった。
     1990年代の朝日新聞やアエラの記事によれば、生殖医療を行った産婦のカミングアウトの難しさ、人工授精で生んだ母親たちが様々な悩みを相談するサークルを作ったなど、1990年代初頭は人工授精により子供を得ることについて根強い偏見があった。「養子の方が自然だ」という社会的意識が強かったと考えられる。そうした状況下で、生殖医療を行った産婦のカミングアウト、親から生殖医療によって生まれた子供へのカミングアウトの難しさは、一部を除いて困難な状況にあった。親や子供はどのように考えていたのだろうか。彼らの語りを聞く必要があろう。
     1990年代後半になると、「人工授精」という言葉よりも「不妊治療」という言葉を耳にするようになったという個人的な印象がある。朝日新聞では1995年1月14日の記事で「不妊治療」の用語説明をしていることから、1995年には「治療」が定着しつつあったと推定される。
     人工授精で生まれる子供は増加していく。1998年の出生数は1,203,150人、人工授精出生者数は9,224人( 0.77%)で129人に1人が人工授精で生まれていた。それが、2008年出生数は1,091,156人、人工授精出生者数は20,494人(1.88%)で53人に1人が人工授精で生まれたことになる。わずか10年で倍増したのである。1990年代初頭には「養子の方が自然だ」という社会的意識だったのが、2008年には53人に1人が人工授精で生まれるという状況に変化したのである。「人工授精」から「治療」。1990年代に我々の意識はどのように変化したのだろうか。
     不妊治療では、1948年から慶応大学において非配偶者間人工授精(AID)が行われてきた。AIDとは、①夫以外の男性の精子と妻の卵子を体外で受精させて、その胚(受精卵)を妻に移植する、②妻以外の女性の卵子と夫の精子を体外で受精させて、その胚(受精卵)を妻に移植するの二通りがある。日本では提供者は匿名とされている。これまでAIDで10000人近くが生まれてきたとされる。AIDではどちらかの親と血縁関係はあるが、ドナーは匿名であり知ることができない。
     2000年代からAIDで出生したことを知った子供たちが、ブログなどでその心境を語り始めている。例えば、既に結婚年齢に達した子供たちが、異性が血のつながった兄姉かもしれないので恋愛できない、片親が不明なのは自分の存在を否定されている、遺伝的疾患への不安などの声である。欧米の一部では提供者の情報開示が行われているが、今後の日本はどのような展望があるのだろうか。また、血のつながりを求める心性とは何であろうか。さらに「血のつながった親」から「遺伝上の親」(同義であるが)へと意識が変化したようにも感じられる。
     アメリカではAIDは提供者の肉体的特質・知的能力などでランク付けされ精子バンクとしてのビジネスも展開されている。また、イギリスでは同性同士のカップルがAIDで子供を得るというケースも出現している。果たして、こらからの親子関係とはいったい何であろうか。
     また、日本では認められていないが、既に欧米では代理母、ベビーM事件のように代理母をめぐるトラブルが発生している。対岸の問題と思われていたが、日本でも、向井亜紀の代理母出産、根津クリニックによる娘の代わりに母親が出産するなど、厚労省の指針よりも事実が先行しているのが現状である。義姉が子供を生む。祖母が孫を産む。人文社会科学が想定していた親子関係、家族関係、親族関係を超越した状況が表出している。そこまでして産みたい、子供が欲しいという心性は何であろうか。
     民俗学において親子関係、家族関係、親族関係は社会伝承として研究してきた領域である。命・身体観もまたそうである。前述した変化は、我々が生きている時に起こったことである。無自覚あるいは無意識のうちの変化、これは民俗学が取り上げるべき問題と考える。
     本研究会では、家族法学の立場からの報告を踏まえた上で、現代のこうした諸問題ならびに先に指摘した疑問点を「現代社会と語りの問題」として取り上げ、narrative、life-historyという視角から、生殖医療の最先端と現代市民生活者との乖離を埋めるために、現代民俗学ができることは何か考えていきたい。(文責)宮内貴久

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    第14回研究会(終了) 海外研究者がみた日本というフィールド ~アメリカ研究者編~

    サンプル 日時:2012年7月8日(日)13:00~18:00
    場所:成城大学3号館321教室
    表題:海外研究者がみた日本というフィールド ~アメリカ研究者編~
    登壇者:
     菅豊(東京大学)イントロダクション「アメリカ民俗学の日本研究のアウトライン」
     Michael Dylan Foster(インディアナ大学)
           「『甑島のトシドン』における見る/見られる/見せる関係の一考察」
     谷口陽子(専修大学)「米国人研究者による戦後日本研究にみる日本というフィールド」
    コメンテーター:
     桑山敬己(北海道大学)

    ■共催:日本民俗学会、東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」研究会
    ■その他:パネル発表、討論等は日本語で行われます。

    趣旨

     日本民俗学が、一つの学問分野であるとするならば、それは本来、日本「民俗学」、すなわち、日本において「民俗学」という方法を用いて研究する学問分野であるはずである。しかし、現実には、それは日本研究に重心を置いた「日本」民俗学としての色彩を強く帯びてきた。その研究対象や方法は「日本」という場に強く規定されており、また「日本」というフィールドも、その学問のなかでは所与のものとして扱われてきた。一方、日本というフィールドは、日本人研究者だけによって独占されてきたのではなく、実は日本の民俗学研究者の知らないところで、多くの海外研究者たちによっても考究されてきたのである。しかし、それらの研究内容や方法、知見というものは、日本民俗学のなかではほとんど顧みられることはなかったのであり、日本研究をめぐって切断された二重の研究世界が構成されてきたのである。本シンポジウムでは、アメリカ民俗学者や文化人類学者の日本研究の具体例を検討し、その研究の方向性と日本民俗学における研究の方向性との異同を明らかにし、今後の海外における日本研究との相互交錯の可能性について展望する。

    菅豊(東京大学)
     イントロダクション「アメリカ民俗学の日本研究のアウトライン」


    Michael Dylan Foster(インディアナ大学)
     『甑島のトシドン』における見る/見られる/見せる関係の一考察

    【要旨】
     2009年に日本の伝統13件が、ユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載された。そのうちの一つが鹿児島県下甑島で大晦日に行われる「甑島のトシドン」である。トシドンとは子どもの教育や躾のために代々伝えられて来た大切な年中行事である。
     私は日本の民俗学専門のアメリカ人フォークロリストとして1999年から頻繁に下甑島を訪れ、島の人々と対話をかさねながらトシドンや島の生活を研究して来た。また今年は5ヶ月間ほど島に住み、日常生活の調査を行っている。本発表では、 トシドンのあり方を紹介し、特に行事の中で機能している「見る/見られる」関係を考察する。この関係を探りながら、島の現在の状況(子どもの減少等)またユネスコや観光の問題も論じ、とくに、視覚的想像(optic imaginary)という新しい概念を発展させる。最後に自分なりのトシドンの研究の経験を例として、アメリカ民俗学者が観察する日本というフィールドや、日本でのフィールドワークの意味や課題などについて考えてみる。

    谷口陽子(専修大学)
     米国人研究者による戦後日本研究にみる日本というフィールド

    【要旨】
     日本という研究のフィールドは、海外の研究者にいかなる学術的あるいは個人的経験をもたらす場となってきたのだろうか。本発表は、私が2003年より学史研究の視点から研究している、ミシガン大学日本研究所の研究史を手掛かりに論じる。ミシガン大学日本研究所は、1947年にミシガン大学に創設されて以来活発な研究活動を展開する米国の日本研究の一大拠点である。1950年から1955年までは、戦後日本の社会構造や人びとの意識変容の萌芽を捉える調査研究を行うべく、岡山市内にフィールドステーションを設置し、地理学、歴史学、政治学、人類学などの教授および大学院生が研究活動に従事した。戦後まもない時期に行われた彼らの調査研究は、対象地域の人びとや現地の日本人研究者との密接な相互関係を重視したものであったことは注目される。本発表では、彼らが岡山さらには日本というフィールドをいかなる「場」として認識あるいは眼差してきたのかを論じ、日本をフィールドとする民俗学的研究の現代的課題や意義について考察してみたい。


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    第13回研究会(終了) 社会学・口承文芸学におけるオーラリティ研究の展開

    サンプル 日時:2012年 4月14日(土)13:00~
    場所:東京大学東洋文化研究所大会議室
    表題:社会学・口承文芸学におけるオーラリティ研究の展開 ―教育大系統の民俗学を相対化する
         〈(シリーズ)民俗学におけるオーラリティの位相(2)〉
    登壇者:
     桜井厚(立教大学)「オーラリティの復権 ――『口述の生活史』前後」
     山田厳子(弘前大学)「世間話研究の射程 ―口承文芸研究から〈口承〉研究へ―」
    コメンテーター:
     古家信平(筑波大学)
     山泰幸(関西学院大学)

    ■コーディネーター:岩本通弥(東京大学)、小熊誠(神奈川大学)、門田岳久(日本学術振興会)

    趣旨

     現代民俗学会では第13回研究会、および2012年度年次大会(5月)において、民俗学の〈技法〉をめぐる議論を行う。とりわけ着目するのは民俗学におけるオーラリティの位相と、その学史的変遷である。
     いうまでもなく民俗学でオーラリティは一つのジャンルとして、また資料の形式として位置付けられてきた。しかし私たちは「聞き書き」という手法を用い、オーラリティやナラティヴに頼って調査・研究を進めてきたのにも拘らず、これに関する理論的な検討のみならず、なぜ語りを扱うのかという前提的な言及もほとんどなされてこなかった。むしろオーラリティやナラティヴを中心に構造化されてきた世界のFolklore Studiesと異なり、日本の民俗学では語りの資料は実証性に欠けるものとして徐々に軽視され、人々はなぜ語るのか/どのように語るのか/語りや対話がいかにして自己や社会関係の形成に関わるのかという、オーラリティを扱う上での問題意識が徹底されてこなかった。オーラリティやナラティヴに対する方法的な視角や関心の薄さは、1977年に結成された日本口承文芸学会が日本民俗学会と別立てになっている事実、あるいは民俗学を中心に組織された「人類文化研究のための非文字資料の体系化」(神奈川大学21世紀COEプログラム)においても口承文芸の専門家が一人も配置されなかったことに、如実に顕れている。
     民俗学において今オーラリティを議論することは、決して民俗学内の一つのサブカテゴリーとしてこの分野を再定位し、拡大させようということではない。むしろ、なぜオーラリティが軽視されていったのか経緯を検討し、民俗学の基本的な技法としてそれを位置付けることで、民俗学全体の学問認識を問おうという試みである。従ってそれは日本の民俗学の方法的特殊性を相対化する作業であり、国際化に不可欠な理論的深化にも繋がっていくだろう。
     第13回研究会では、年次大会のシンポジウム「民俗学的〈技法〉の構築を目指して―方法としてのナラティヴ」の前提として、社会学および口承文芸学におけるオーラリティ研究の展開を概観するとともに、日本の民俗学がオーラリティやナラティヴを軽視していった学史的展開を、1958年からのアカデミズム化の流れの中で、相対化することを試みる。特に歴史学との関係性が深くなった東京教育大学の史学方法論教室が作り出した「民俗」学を改めて俎上に載せ、同教室における歴史学重視の学問展開と、社会学や文学との関係希薄化を問い直す。
     こうした経緯を学史の中から析出させるために、日本のライフ・ストーリー/ヒストリー研究を牽引してきた桜井厚氏に、社会学におけるオーラリティ研究の展開を通覧していただくとともに、有賀喜左衛門・中野卓氏の主導する教育大社会学教室という、史学方法論とは違う系譜の下でもう一つの「民俗学」=「生活」研究が立ち上がっていった経緯を語っていただく。一方、〈口承〉研究の立場からは、世間話研究を牽引されてきた山田厳子氏に、関敬吾系統の「民俗学」がどのようなオーラリティ研究を展開してきたのか、ジャンル論から飛翔しつつある、その動向を紹介いただき、両者の議論を交差させることで、日本の民俗学における特異な「方法」的問題の所在も明確化させる。

    桜井厚(立教大学)
     オーラリティの復権――『口述の生活史』前後

    【要旨】
     中野卓編著『口述の生活史』(1977)は、わが国における生活史(ライフヒストリー)研究、なかんずくオーラリティ/ナラティヴ研究の嚆矢となった。中野は師、有賀喜左衞門から「生活」把握の方法論や社会調査の精神を受け継ぎながら、本書によって機能主義的な方法論と距離をおいて、新たに「個人」の生活世界を探究することからわが国の歴史と文化への接近を構想した。報告では、柳田民俗学から出発した有賀から中野が何を継承し、さらに今日のライフストーリー/オーラルヒストリー研究へとつながっているのかを考えたい。

    山田厳子(弘前大学)
     世間話研究の射程ー口承文芸研究から〈口承〉研究へー

    【要旨】
     柳田の提唱した世間話の研究はいくつかの補助線をひきながら読み解くべき問題であるが、第一には柳田の国語論の中で位置づけられるべきものである。そこでは、話そのものを資料として活用するというよりは、話が認識を再生産するしくみであることに目を向けていると思われる。そこで、形式/語彙/話法(技法)といった問題群と、知識/経験といった問題群が、柳田とその後の研究の中でどのような形で具体的に展開してきたのかについて、述べてみたい。

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    2011年以前に開催された研究会


    第12回研究会
    ローカル・ガバナンスと地域社会

     日時:2011年12月11日(日)13:00~
     場所:お茶の水女子大学
     登壇者:
      船戸修一
      都市における農業用水の維持管理の現状と
      そのローカル・ガバナンス形成への課題
      門田岳久・小西公大
      「寄合民主主義」とローカル・ガバナンス
     コメンテーター:
      宮崎文彦
    第11回研究会
    公共民俗学とはなにか

     日時:2011年9月11日(日)13:00~18:00
     場所:成城大学 3号館321教室
     基調講演:
      ロバート・バロン(Robert Baron)
      アメリカの公共民俗学
     パネリスト:
      菅豊
      公共民俗学
      吉村亜弥子
      ウィスコンシン州の公共民俗学実践と
      その教育
     コメンテーター:
      小長谷英代・橋本裕之
    第10回研究会
    「オーラリティ」の実践と方法的課題

     日時:2011年7月23日(土)13:00~18:00
     場所:成城大学 8号館832教室
     登壇者:
      大門正克
      人に話を聞くということは、
      どういうことなのだろうか
      野口憲一
      彼女たちと私の農産物直売所
     コメンテーター:
      中野紀和
    第9回研究会 ※震災のため中止
    民俗学は政治をとらえうるのか?

     日時:2011年3月19日(土)13:00~
     場所:東京大学東洋文化研究所3階大会議室
     登壇者:
      船戸修一
      都市における農業用水の維持管理の現状と
      そのローカル・ガバナンス形成への課題
      柏木亨介
      来るべき社会の構築とアイデンティティ
     コメンテーター:
      宮崎文彦
    第8回研究会
    自然保護と文化保護、何が違うのか?

     日時:2011年3月19日(土)13:00~
     場所:東京大学東洋文化研究所3階大会議室
     登壇者:
      菅豊
      資源としての『自然』と『文化』
      藤原辰史
      ナチスの農場概念
     コメンテーター:
      安室知
    第7回研究会
    無形文化遺産保護運動と中国民俗学

     日時:2010年9月11日(土)13:00~
     場所:東京大学東洋文化研究所3階大会議室
     登壇者:
      周星
      非物質文化遺産の保護運動と文化政策、
      及び「文化観」の転換
      施愛東
      中国における非物質文化遺産保護運動の
      民俗学への負の影響
     コメンテーター:
      西村真志葉
    第6回研究会
    《討論》福田アジオを乗り越える

     日時:2010年7月31日(土)13:30~
     場所:東京大学東洋文化研究所大会議室
     登壇者:
      福田アジオ
    第5回研究会
    「都市」の収穫を問い直す

     日時:2010年3月20日(土)13:30~17:00
     場所:お茶の水女子大学大学本館2階209室
     登壇者:
      飯倉義之
      都市民俗学の〈揺れ〉
      土居浩
      都市と〈私〉と学際と
    第4回研究会
    ドロシー・ノイズ氏講演会

     “Necessity and Freedom in
       the Tradition Process”
     日時:2010年1月23日(土)13:00~
     場所:東京大学東洋文化研究所大会議室
     登壇者:
      ドロシー・ノイズ
    第3回研究会
    「社会」再考

     日時:2009年11月14日(土)13:30~16:40
     場所:お茶の水女子大学大学本館2階209室
     登壇者:
      岡山卓矢
      契約講の地縁社会化
      武井基晃
      歴史の共有と「わたしたち」の範囲
     コメンテーター:
      石垣悟・小西公大
    第2回研究会
    新たな民俗学の行方

     日時:2008年12月7日(日)13:00~17:40
     場所:佛教大学6号館101号室
     登壇者:
      川村清志
      民俗文化研究への視角
      村上忠喜
      神性を帯びる山鉾
      山泰幸
      〈現在〉の〈奥行き〉へのまなざし
      谷口陽子
      現代の家族・親族関係の研究における
      民俗学の可能性
      徳丸亞木
      伝承の動態的把握についての試論
    第1回研究会
    民俗学の危機

     日時:2008年9月20日(土)13:00~17:00
     場所:お茶の水女子大学 大学本館2階209室
     登壇者:
      岩本通弥
      民俗学は「民俗」学ではない
      菅豊
      民俗学の陳腐化

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